[PF-5-2] がん患者の化学療法に伴う末梢神経障害の病態と作業療法
はじめに 抗がん剤治療中に左下垂足を認めたA氏の作業療法を担当した.主治医によると,画像所見にて脳梗塞や脊髄障害は認めないとのことであった.「急に左足が動きにくくなった」と戸惑うA氏に,短下肢装具を作成しADLトレーニングを行った.6ヶ月後,抗がん剤による治療が終了する頃に下垂足はほぼ消失した.Saito(2006),眞田(2009),Engval(2022)は,抗がん剤治療中に下垂足を認めた患者を報告している.「がん薬物療法に伴う末梢神経障害のマネジメントの手引き(2017)」には「抗がん剤の副作用として末梢神経障害(感覚障害,運動障害,自律神経障害)がみられる」とあるものの,特定の末梢神経について明記されてはいない. 目的 本研究の目的は,抗がん剤治療に伴う末梢神経障害の病態について明らかにすることである. 方法 対象は2021年9月3日~2022年10月31日において独立行政法人国立病院機構呉医療センターで作業療法を処方された患者のうち,がんの化学療法を行った患者.うち,特定の末梢神経に障害を呈する患者の人数を調査し,病態について検討する.なお,この研究は呉医療センター倫理審査委員会にて2021年9月2日に承認を受け(受付番号2021-37),オプトアウト方式にて対象者に同意を得た.また,この研究に伴う利益相反は無い. 結果 期間内に作業療法を処方された患者の登録人数は2227名.うち,がん患者は249名(全体の約11.2%)であった.さらに特定の末梢神経障害を呈した患者は13名(がん患者の約5.2%)であった.末梢神経障害の病態は下垂足5名(悪性リンパ腫5名),母指対立障害と中指の知覚障害5名(悪性リンパ腫・卵巣がん・子宮頸がん・外陰がん・腎盂がん各1名),鷲手変形と小指の知覚障害2名(悪性リンパ腫・肝がん各1名),大腿四頭筋萎縮1名(前立腺がん)であった.知覚障害の評価はSemmes-Weinstein monofilament testを使用した.これらの臨床症状から腓骨神経麻痺,正中神経麻痺,尺骨神経麻痺,大腿神経麻痺が疑われた.下垂足(腓骨神経麻痺)を呈した患者に用いられた抗がん剤はCHOP療法,R-THP-COP療法,ADR/VCR,R-Benda療法など.母指球萎縮と中指の知覚障害(正中神経麻痺)を呈した患者はBD療法,TP-Bev療法,パドセブ,CCDP,パクリタキセルなど.鷲手変形と小指の知覚障害(尺骨神経麻痺)を呈した患者はMTX,CCDPなど.大腿四頭筋萎縮(大腿神経麻痺)の患者はカソデックスなどで,いずれも症状に共通する抗がん剤は特になく,副作用として末梢神経障害が明記されていないものもあった.これらの患者に対して,装具や自助具の作成と使用練習,ADLトレーニング,疾病教育など末梢神経障害における標準的な作業療法を行った. 考察 がん患者において抗がん剤治療中に生じる末梢神経障害のうち,腓骨神経麻痺や正中神経麻痺など固有の末梢神経障害を呈している患者が存在する.このことについて,がんの種類や抗がん剤の種類などに関連性を見いだすことはできなかった.少数なので,特定の運動神経障害を気にかける治療者は少ないのではないか,1人で末梢神経障害に悩んでいる患者がいるのではないかと懸念される.作業療法士が末梢神経障害の評価を適切に行い,介入することで,がんの治療を円滑にすすめる支援ができると考える.