第57回日本作業療法学会

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ポスター

がん

[PF-6] ポスター:がん 6

2023年11月10日(金) 17:00 〜 18:00 ポスター会場 (展示棟)

[PF-6-1] 肺癌鎖骨上窩リンパ節転移により腕神経叢障害を呈した一例

木原 智美 (公益社団法人昭和会 いまきいれ総合病院リハビリテーション課)

【はじめに】
 悪性腫瘍と腕神経障害の関連は古くから指摘されているが,それらに対する作業療法の実施について報告は少ない.
 今回,肺癌鎖骨上窩リンパ節転移により腕神経叢障害を呈した一例を経験したため,報告する.なお,本症例には報告の主旨を説明し,同意を得た.
【症例紹介】
70代男性.X年Y月に右下葉肺癌(cT4N3M1c StageIVB期),多発リンパ節転移,癌性胸膜炎,直腸転移,右副腎転移,骨転移の診断となった.X年Y+1月,化学療法導入目的に入院となり,2病日に化学療法(CBDCA+nab‐PTX+ATEZ)を開始した.4病日に右手の握力低下を自覚し,5病日より作業療法を開始した.7病日に頚胸部造影CTにて腕神経叢に近接した右鎖骨上窩リンパ節の腫大を認め,下位型の腕神経叢圧迫障害の診断となった.
【経過】
 作業療法開始時,利き手である右側の運動障害を呈したため,「箸が使えない」,「髭剃りが出来ない」,「シャワーで困る」との主訴がきかれた.関節可動域制限はなく,徒手筋力テスト(以下,MMT)では右側上肢近位筋の低下は認めず,前腕回内4,手関節屈曲4,手関節背屈4,MP屈曲3,PIP・DIP関節屈曲3,MP伸展4,PIP・DIP関節伸展3,指内転2,指外転2,母指屈曲3,母指伸展4,母指外転4,母指内転3,対立3とC8,Th1領域の筋力低下を認めた.左側の筋力低下は認めなかった.握力は右1.7㎏,左19.2㎏で,知覚障害は認めなかった.
 機能的自立度評価表(以下,FIM)は94点で,Performance Status(以下,PS)3であった.病棟内ではポータブルトイレに移乗する際に,右手でひじ掛けを把持したところ,脱力し,そのまま転倒したエピソードもあり,右手部の運動障害がADLにも支障を来していると思われた.
 作業療法では化学療法が奏功し,神経圧迫が解除されるまでの期間に筋萎縮進行を予防する必要があると判断し,日中の右手の積極的な使用を促すとともに,作業療法としてセラプラストやゴムボールを使用した筋力増強訓練を行った.また,拘縮や変形予防のため関節可動域訓練を行った.握力測定を継続して行い,変化を観察しつつ,右上肢使用の意識づけを行った.
 右上肢の使用を意識づけ,作業療法を継続したところ,徐々に握力の改善を認めた.化学療法を3コース目まで行った9週間で,C8 ,Th1領域の筋全般はMMT4まで改善したが,指内転と指外転はMMT3‐と筋力低下が持続した.握力は右11.1㎏,左22.7㎏と改善を認めた.ADLは右側上肢で箸の使用や髭剃りが可能となり,FIMは100点で,PSは2と改善を認めた.
【考察】
 今回,肺癌右鎖骨上窩リンパ節転移により,腕神経叢圧迫障害を呈した症例に対し,作業療法を行った.症例は運動障害を主症状としており,Seddonの分類で,一過性の神経刺激の伝導障害を示す状態とされているNeurapraxiaの状態と推察された.Neurapraxiaは障害原因が早期にのぞかれるならば,数日から数週の間に支配筋のほとんどが同時に麻痺の回復を示すとされる.今回,障害原因は腫瘍による圧迫であり,化学療法が奏功することで圧迫の解除が期待された.一方で化学療法の奏功までに一定期間を要し,その間圧迫が継続するため,筋萎縮の進行や関節拘縮,変形が生じることが懸念された.今回,運動障害を呈した右上肢に対し,筋力増強訓練や関節可動域訓練等の作業療法を継続したことは,化学療法が奏功するまでの期間に,廃用性の筋萎縮や関節拘縮,変形を予防し,円滑な運動障害改善に寄与したと考えられた.