第57回日本作業療法学会

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ポスター

精神障害

[PH-10] ポスター:精神障害 10

Sat. Nov 11, 2023 2:10 PM - 3:10 PM ポスター会場 (展示棟)

[PH-10-8] 長期入院の統合失調症患者における「たたき染め」の治療効果の検証

江口 喜久雄, 中山 広宣 (令和健康科学大学リハビリテーション学部作業療法学科)

【序言】作業療法で行われる木工の釘打ち,革細工のスタンピングなどに含まれる「創作的なたたき」という行為は臨床心理学的には衝動性の発散などに有効とされているが生理学的・統計学的に検証されたものは少ない.
【研究目的】本研究の目的は,作業活動で用いる「創作的なたたき」の一つである「たたき染め」によるストレス発散の効果を生理学的・統計学的に検証し,科学的根拠に基づいた作業療法(EBOT)に貢献することである.
【対象と方法】対象者は閉鎖病棟に任意入院している統合失調症患者47名のうち,同意を得られた男性4名,女性3名,計7名(年齢69.6±7.1歳,入院年数30.9±8.6年,クロルプロマジン換算値507.1±258.9)であり,全員,病院内寛解状態で,日常生活は自立し精神状態も安定していた.
 使用する道具は,ゴム版,木槌,ガーゼおよび若葉の緑臭さを嫌う対象者もいるためアップルミントの葉(縦5cm程度,幅3cm程度)3枚とした.3枚の葉をガーゼで挟み,「ガーゼに葉の形が出るまでたたいてください.」と見本をみせながら指示を行った.たたき染めの実施時間は5分程度と設定し,本人が完成と判断した時点で終了とした.また,2週間程度間隔をあけて3回実施した.
 効果判定の客観的な評価指標として,唾液アミラーゼモニター((株)ニプロ)を用いてストレス値を,上腕式血圧計((株)シチズン)を用いて血圧,脈拍を測定した.各指標は活動前後に3回ずつ測定し,その平均値を用いた.加えて,主観的な評価指標として,Visual Analog Scale(以下,VASスケール)を用いた.「0」を大変気分が悪い,「100」を大変気分が良いとし,活動前後に1回ずつ測定した.なお,この期間に生活上のエピソードや症状の変化及び薬物の変更はなかった.
 本研究は倫理審査委員会の承認(受理番号:22-014)を得ており,実施前に協力施設の施設長ならびに対象者本人に文書と口頭にて説明し同意を得た.今回の発表に際し,COI関係にある企業等はない.
【結果】すべての指標において各回前後の値にShapiro-Wilk検定を行った結果,すべてに正規性が認められた.次に,多重比較検定(Tukey法)を用いて各回実施前のベースラインを比較したところ,すべての指標に有意差は認められなかった.そこで,各指標の3回の実施前と後のそれぞれの平均値を求め,対応のあるt検定を行なったところ,実施後のストレス値は有意に低下し(p=0.0016,効果量0.91(大)),VASスケールは有意に上昇した(p=0.0019,効果量0.91(大)).最高血圧,最低血圧,脈拍では,有意差は認められなかった.
【考察】「たたき」の治療的効果に関する先行研究では,革細工でのスタンピングの作業が,攻撃性の発散に役立った可能性があるという報告(山本敦子ら,2014)がある.また,リズム運動によりリラックス効果が検証された報告もある(有田秀穂,2015).今回,「たたき染め」によって唾液アミラーゼの数値が低下したことは,リズミカルに繰り返したたくという「創作的たたき」がストレス(衝動)発散に有効であることを生理学的・統計学的に示唆していると考える.そして,VASスケールでは,実施後気分が良くなることが示唆され,かつ,血圧と脈拍に変化が認められなかったことは,活動後の唾液アミラーゼの結果は「創作的たたき」が身体的負荷の影響を受けることなく,心理的ストレス発散の効果を純粋に反映していると考える.
 以上より,「たたき染め」は閉鎖病棟長期入院の統合失調症患者のストレス(衝動)発散に有用であることが生理学的・統計学的に示唆された.