第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

発達障害

[PI-3] ポスター:発達障害 3

2023年11月10日(金) 13:00 〜 14:00 ポスター会場 (展示棟)

[PI-3-6] ダウン症児をもつ母の心理的変化についてTEMを用いた質的分析

泉浦 文哉1, 後呂 智成2, 門田 淳志1 (1.リニエ訪問看護ステーション岸和田, 2.医療法人南労会 みどりクリニックデイリハビリ)

【はじめに】出産を迎える親にとって,生まれてくる子が健康である事は誰しもが願うことであり,障害をもって生まれる事を想像することは極めて少ないと考えられる.特にダウン症は,出産後間もない段階で診断されることが多く,障害の受容もままならないうちから育児を始めなくてはならない.その中ですぐに子と愛着形成をしていくことは,容易ではないと考えられる.
【目的】ダウン症児を出産し愛着が湧くまでの保護者の心理的変化のプロセスを明らかにし,その中での専門職としての関わり方を検討する.
【倫理的配慮】発表に際して当社の倫理審査委員会の審査及び,対象者の同意・承諾を得ている.
【方法】時間軸に沿った個別的な経験を明らかにするため,個人の経験を探求することが可能な質的研究法である複線径路等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:TEM)を採用した.対象者は,研究参加に同意が得られた,1歳のダウン症児をもつ母親1名.データ収集は,半構造化インタビューを実施しTEMに基づき分析した.インタビューに際して,「子供を可愛いと感じるに至った過程を教えて下さい」と問いを立てた.等至点は「ダウン症のわが子と一緒に生きていく気持ちをもつ」と設定した.
【結果】出産後にダウン症を告知され,「連れて帰りたくない」という思いを抱いていた.しかし,かかりつけを近隣の医療機関(以下,Bセンター)へ変更する事と,訪問看護を利用する事決めて自宅退院を決断したことが分岐点の一つとなった. 児がBセンターで手術を受け,術後の経過が良好であったのと共に,母の関わりによって児から笑顔が見られたことが愛着を感じる初めのきっかけとなっていた.その後,当事者家族との出会いが,自分だけではないという安心感に繋がった.また,訪問看護を利用した事が,家族以外に理解してくれる人がいるという安心感に繋がっていった.そうした日々の生活の中で,長女が児を可愛がる姿や作業療法士(以下,OT)からのポジティブフィードバック(以下,PFB)を受けた事で,児を可愛いと感じ,愛情が芽生えていった.その上で,できる事が増えたり表情が豊かになるなど児の成長を感じる事で愛情が強化され,一緒に生きていこうという気持ちに至っていた.一方で,友人などからの励ましの言葉には,憤りを感じていた.愛情は芽生えたが,障害が無ければという気持ちは残っていた.
【考察】一人の母親が,障害をもった児に愛着が湧くまでの心理的変化の質的分析をし,今回,変化を促進させた主な要因はOTからのPFB,長女の姿,児の成長であった.母親は友人の励ましに憤りを感じた一方で,OTのPFBは促進要因となっていた.身近で過ごす長女の姿は母親にとって影響が大きく,促進要因となっており,OTに対しても同様に母親が生活の中で身近に感じているという事が母親の心理的変化を促進させたのではないかと考えられる.
今回の結果から専門職の関わりとして,保護者は度重なる不安や葛藤を抱いているという事を前提に,その思いを受け止めつつ関係性を構築するとともに,児の成長を感じられるような具体的なPFBを行うことが必要であると考えられる.しかし今回のケースのように,愛着が湧く=障害受容ができているという訳ではない.そのことから,専門職が対象者や保護者に対して障害受容ができているという認識を持つことには慎重になる必要があると考える.今回は一人の母親の経験を深めたが,TEMは共通して経験される等至点までの多様な径路を類型化することが可能な質的研究方法であるため,同様の経験をした対象者の分析を重ねることで,より具体的な家族支援の方法が明らかになると期待される.