第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

認知障害(高次脳機能障害を含む)

[PK-6] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 6

2023年11月10日(金) 17:00 〜 18:00 ポスター会場 (展示棟)

[PK-6-6] 代償的訓練と環境調整により復職に至った左後頭葉皮質下出血の一症例

佐々木 智也, 平野 千晴, 尾下 真志, 石原 茂樹, 高信 昭子 (医療法人社団輝生会 船橋市リハビリセンター)

【はじめに】今回,復職を希望しているものの,高次脳機能障害により1人での外出が困難な事例を担当した.障害の程度に対して低活動の状態であった事例に対し,段階づけた外出目標を設定し,代償手段や対策を検討する目的で,外出や仕事を想定した練習を行った.また,障害の特徴と生活への影響を家族・職場に情報提供した.結果,生活範囲の拡大と復職に至ったため報告する.なお,報告に際し事例の同意を得,当院倫理委員会の承認を得た.
【事例紹介】60代男性.妻と娘,息子と4人暮らし.仕事は百貨店の警備員.X日に左後頭葉皮質下出血を発症し急性期・回復期病院を経てX+67日に自宅退院.当院外来で作業療法を開始.セルフケアは自立しているが,注意障害,記憶障害,地誌的障害などが残存し,退院後は内服やスケジュール,持ち物の管理を妻が行い,1人で外出ができない状況であった.
【作業療法評価(X+80日)】面接において,復職への強い希望があるが道に迷うため外出ができないことが語られた.Mini Mental State Examination(MMSE)27/30点.リバーミード行動記憶検査(RBMT)20/24点.標準注意検査法(CAT)において,聴覚性検出課題は正答率・的中率72%,SDMTは達成率21%,PASATは2秒条件48.3%,1秒条件18.3%.遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)70点,コース立方体37点(IQ69).地誌的障害については街並失認を認めず,道順障害が顕著で新規・既知の場所で道順を間違う.病院内の構造を覚えられず,階数の混乱もあった.パソコンの入力では,かなや数字の間違いが見られ,「目が疲れるだけ」と注意障害の理解が乏しい.
【目標と方針】
・目標は,電車で職場まで行ける(3ヵ月),警備員としての復職(6ヵ月)
・通勤が自立するまでのイメージを共有する目的で,2週間単位で段階づけた外出目標を本人・妻と共有.準備や道順の選択は本人が実施し,必要な部分のみ介助をするよう支援方法を提案した.また,業務に関する課題を評価し,産業医に情報を提供することとした.
【経過】
・1~3ヵ月は生活範囲拡大の時期で外出時の注意点や代償手段を検討し,妻の付き添いで外出の安全性を評価した.結果,公共交通機関を利用した外出が自立した.
・3~6ヵ月は復職の開始と安定を目指した.産業医に情報提供し,X+230日よりお試し出社が開始.業務(パソコン作業,巡回業務)での手帳や拡大鏡の利用など代償手段の検討を行いエラーが減少.
【結果(X+360日)】CATの聴覚性検出課題は正答率・的中率100%,SDMTは25%,PASATは45%(2秒)23%(1秒),BADSは73点,コース立方体は68点(IQ84)で注意機能,遂行機能,構成障害に軽度の改善が見られたが,MMSEは27点と変化はなく,CAT,RBMTでは減点している下位項目もあった.道順障害は残存したが,方向の正答率が向上し修正が可能となった.生活面では外出や通勤が自立.巡回・書類業務の効率性が向上し常勤の形で復職した.
【考察】今回,神経心理学的検査の結果は軽度の改善にとどまったが,外出範囲の拡大や復職が実現し活動・参加レベルで大きく改善が見られた.高次脳機能障害において,社会適応期の介入は要素的機能の改善から徐々に代償手段の獲得に重点を置き,特定の環境に適応する技術の習得と環境調整が重要であるとされる.本事例は,退院後できないことばかりに目が向き,本人・周囲が障害の程度に対してできる作業を低く見積もっていた.そこで,小刻みな目標を立て代償手段や課題の対策を試行錯誤したこと,家族・職場に情報を提供し,家庭と労働環境を調整したことで症例の強みに関しても理解が得られ,機能と実際の作業遂行が最適化されたと考える.