第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

理論

[PO-4] ポスター:理論 4

2023年11月11日(土) 15:10 〜 16:10 ポスター会場 (展示棟)

[PO-4-2] 両上肢切断者の心理的変容

水本 雄介, 溝部 二十四, 松前 めぐみ, 柴田 八衣子 (兵庫県立リハビリテーション中央病院)

【はじめに】心的外傷後成長(以下:PTG)とは,トラウマあるいはストレスフルな出来事との奮闘によって生じるポジティブな心理変容を表す概念である.事例は両上肢切断という人生の困難な出来事を経験し精神的葛藤の後,花屋を開業するという夢に向けて再び動き出すことが出来た.この心理的変容をPosttraumatic Growth Inventory(以下:PTGI)による量的変化とインタビュー内容をもとに分析し,作業療法経過と共に考察する.なお発表の意図を十分説明し書面にて同意を得ている.
【事例紹介】30歳代男性,受傷1年前よりベトナムから農業の職業訓練生として来日(単身赴任),家族は妻と子ども2名,日常会話は日本語で簡単なやりとりは可能であった.
【現病歴】勤務中,ローラー状の機械に両上肢を挟まれ受傷.広範囲熱圧挫傷で,両上肢切断.術後,リハ目的のために当院入院となった.
【初期評価】断端長は右上腕切断肘離断96%,左前腕切断短断端41%.ADLは移動のみ自立で,それ以外全てに介助が必要であった(FIM:78点).家族とは毎日TV電話をしており家族関係は良好であったが,心理状態は「悲しい.この腕じゃもうダメだね.ベトナムに早く帰りたい.」と現状を悲観し,受傷の後悔を反芻している状態であった.
【作業療法計画】自助具や義手の活用により,まずはADLの自立を目指し,ネガティブな反芻からの脱却を目指した.さらに,言語的・文化的な障壁や異国での孤独感を軽減するために,想いを聞く時間を多く取ることとした.
【経過】まずは自助具を使用した食事・排泄練習を開始した.次に左前腕,右上腕能動義手での基本操作・物品操作,ADL練習を実施した.自助具や義手を使うことで今後の生活の可能性を感じるようになり,「掃除,料理とか奥さんの手伝いをしたい.」と前向きな発言が増えていった.心理的に安定し始めたため,受傷前から馴染みの作業活動である園芸や,本人希望のIADL練習(掃除,調理,PC操作)を開始した.園芸では,義手を使用して植物と触れ合いを楽しみ,セラピストに植物の説明をするなど自然と会話が増えていった.また,スマートフォンやPCを使いSNSで大学院時代の友人と連絡を取り合い,ベトナムで花屋を開くための事業計画書を作成し始めた.「できないことは手伝ってもらう.出来ることをする.」と現状を肯定的に解釈し自身の新たな可能性を模索し始めた.そして,買い物や公共交通機関の利用など屋外での活動を経験し,「大丈夫,なんでも出来る.」と明るい将来を確信した表情となった.
【結果・考察】ADLは自助具と義手を利用しすべて自立となった(FIM:113点).PTGの変化を測るために,受傷直後と退院前の二時点をPTGIで測定し「受傷直後30/105点,退院前85/105点」であった.インタビュー内容を抜粋し,PTGIの5つの成長領域と照らし合わせると,①他者との関係「家族のことを考えた」「強くなって子供に会おうと思った」,②人間としての強さ「私はこの困難を乗り越える力があった」,③人生への感謝「命がある幸せをより強く感じるようになった」④新たな可能性「自分の経験を,同じ境遇の人に伝えたい」,の4項目で成長がみられた.作業療法経過では,自助具や義手を使用しADLが自立したことで「気持ちが落ち着いて幸せを感じることができた」と述べており,侵入的反芻から意図的反芻へと移行するPTGの認知プロセスを経たと考える.また園芸という本人にとって大切な作業活動をする経験が,現状の理解と将来の可能性を再認識するきっかけとなったと思われる.このように作業療法介入がPTGの一助になっていると推察され,今後は事例の蓄積と分析が必要であると感じた.