第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

基礎研究

[PP-8] ポスター:基礎研究 8

2023年11月11日(土) 11:10 〜 12:10 ポスター会場 (展示棟)

[PP-8-2] 高所で誘発される姿勢脅威における立位姿勢制御とP300の関係

古株 竜也1,2, 金子 智也3, 河野 倫奈1, 羽田 茉奈美1, 松浦 晃宏3 (1.広島国際大学大学院 医療・福祉科学研究科, 2.済生会呉病院リハビリテーション室, 3.広島国際大学総合リハビリテーション学部)

【はじめに】高所からの転落による外傷や死亡事故は重大な問題である.高所では,恐怖や不安などによって姿勢脅威を誘発しバランス制御に影響を与えることが報告されており,高所に特異的な身体応答が転落を助長する要因であると考えられる.先行研究では,高所での立位姿勢制御は,低所と比較して重心動揺が少ないことが報告されている.その理由として,Zabackら(2019)は高所での立位姿勢制御に注意機能が関係することを示唆している.しかしながらこの報告では,高所という姿勢脅威への注意を主観的に報告したものであり,これまでにも注意機能などの大脳皮質活動を定量的に調査した報告はない.
【目的】本研究は,高所で視覚的注意に対応する下肢の運動課題実行時の立位姿勢制御と,視覚的注意に関連する大脳皮質活動を事象関連電位であるP300を用いて調べることで,高所で誘発される姿勢脅威の中で姿勢制御に関連する認知プロセスの一端を明らかにすることを目的とした.
【方法】対象は,若年健常成人29名(平均年齢21.5±0.28歳)で,高所恐怖症である者は除外した.対象者には研究の主旨を説明したうえで書面にて同意を得た.なお,本研究は広島国際大学の倫理委員会の承認を得て実施した.対象者は,高さ0.8mに設置した重心動揺計上に起立し,前下方2.5mに提示されたLEDの点灯に応じて素早い右下肢の挙上運動を実施した(高所).また高さ0mでも同様に実施した(低所).LEDは,点灯頻度の異なる2種類の光刺激のうち低頻度に点灯するLEDを標的刺激として,標的刺激時のみ僅かに足底を離す程度の素早い下肢挙上運動を実施した.LED点灯は1Hzで300回であり,そのうち標的刺激の割合は14%としランダムに点灯させた.測定は,右下肢挙上に伴う足圧中心(center of pressure; COP)の前後最大移動距離と脳波を記録した.脳波は,運動野領域であるFz,Czより記録し,標的刺激をトリガーに42波形分を加算平均した.標的刺激後0.2〜0.4秒に出現する陽性波をP300と定義し,振幅および潜時を求めた.統計は,高所と低所におけるP300(潜時・振幅)およびCOP前後最大移動距離を比較するために,対応のある2群の差の検定を実施した.有意水準は5%とした.
【結果】P300の振幅は,Fzにおいて高所が10.32±6.21μV,低所が7.62±7.00μVであり,低所と比較して高所の振幅が有意に大きな値を示したが(p=0.04),Czに有意差はなかった(高所9.46±8.24μV, 低所8.46±9.58μV, p=0.46).P300の潜時はFz(高所0.31±0.04s, 低所0.32±0.04s, p=0.40),Cz(高所0.32±0.04s, 低所0.32±0.03s, p=0.98)ともに有意差はなかった.COP前後最大移動距離は,高所が60.21±17.43mm,低所が63.08±19.03mmであり,低所と比較して高所の前後移動距離は有意に短かった(p=0.02).
【考察】本研究において,高所でのCOP前後最大移動距離が低所と比較して有意に短いという結果は,これまでの先行研究と矛盾がない.高所環境に限らず,立位姿勢制御に対して注意機能が関係することは,過去の報告で示されている.Lajoieら(2017)は,順序課題などの認知課題実行中における立位COP前後移動距離が,安静立位時と比較して有意に短いことを報告し,安定した立位姿勢制御には,より多くの注意資源が必要であることを示した.本研究において,注意資源配分量を反映するP300振幅が高所で有意に大きかったことは,立位COP移動を狭小化するために,より多くの注意資源を動員する必要があることを示唆する.このことは,注意機能低下があると高所での立位動揺範囲を狭小化できずに,転落リスクを増大させる可能性を示している.