第58回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

脳血管疾患等

[OA-3] 一般演題:脳血管疾患等 3

2024年11月9日(土) 13:20 〜 14:20 C会場 (107・108)

座長:務台 均(信州大学 医学部保健学科作業療法学専攻)

[OA-3-1] 失語症に対する代償手段導入が自動車運転再開に寄与した回復期脳卒中患者の一例

小川 佳範, 片山 京香, 新井 美恵, 大塚 昂弘, 水上 将来 (公益社団法人 群馬県医師会 群馬リハビリテーション病院 リハビリテーション部)

【はじめに】
 失語症患者は,事故などの交通トラブルになった際,状況の説明が十分に行えず不利な立場になることや,通報などの救護義務が果たせないこと等が危惧されており,代償手段を用いてこれらの問題解決を図ることは運転再開支援に従事するOTに求められる役割の一つと言える.しかしながら,失語症者の運転再開支援に関する報告の中で,言語的な表出障害の代償手段について検討されたものは決して多いとは言えない.そこで,今回HONDAドライビングシミュレーター(以下DS)を用いた介入や,上述した状況説明や通報に関わる代償手段を検討した取り組みについて報告する.なお,本報告について症例に説明し同意を得ており,当院の倫理審査委員会の承認を得ている.
【事例紹介と入院時評価】
 第32病日に当院回復期病棟に入院した50歳代男性.出血性脳梗塞(左前頭葉,側頭葉,頭頂葉).Hopeは運転再開や復職の他, Stand Up Paddle Board (以下:SUP)の再開が挙げられた.身体機能に麻痺無し.MMSE実施困難.TMT-J:A 135秒,B 395秒.Kohs IQ 67.Western Aphasia Battery日本版失語指数(以下,WABAQ)37/100.重度混合型失語を認め,日常会話における理解は比較的保たれているが,表出は換語困難,錯語が頻発した.また,失読失書,注意障害,処理速度低下,構成障害などの神経心理学的初見を認めた.DS評価の各反応検査では同年代と比較して「やや注意」,市街地走行では音声指示の理解に注意を要し,状況把握や対応の遅れが度々みられた.院内生活は,独歩にて見守り~自立.
【介入内容】
 DS訓練の経過に伴い右左折の音声案内への対応は改善したが,OTの声かけなどが加わった場面では理解の不十分さを認めた.会話などの干渉刺激が運転に影響したことから,運転再開後も慣れるまでは,同乗者との会話や音楽・ラジオを聴取しながらの運転は控えるように提案した. また,運転再開後の交通トラブル時の対応を想定し,ドライブレコーダー,コミュニケーションツール,「NET119緊急通報システム」「110番アプリ」等の代償手段を提案し,各機器の申請や登録,操作について支援を行った.
【退院時評価と介入結果】
 MMSE 19/30点,TMT-J:A49秒,B104秒と運転再開の基準値を下回った.Kohs IQ 86.WABAQ 74/100.理解面の症状は軽度~中等度に改善したが,強い喚語困難,発語失行,失書といった表出面の問題は残存した.J-SDSAは運転適性あり(合格式:8.58,不合格式:7.816),道路標識8点であった. DS評価では,各反応検査は「普通」,総合学習体験は干渉刺激の少ない環境下で各項目がほぼA評価で走行可能となった.第210病日に回復期病棟を退院し,臨時適性相談にて運転再開が許可された.また,河川や湖まで運転し念願の趣味活動(SUP)の再獲得につながり,当院の外来リハビリへ通院した際に,半年以上の期間を違反や事故なく運転していることを確認できた.
【考察】
 武原ら(2012)は,事故などの交通トラブルで状況説明ができる言語能力はMMSE 25点以上が望ましいとの見解を示しているが,本症例はその基準を下回っていた.しかし,失語症により運転再開基準を下回った検査が複数認められたとしても,本件のような代償手段を用いて備えることができれば,失語症者が運転を再開する際の懸念材料を少しでも払拭できるのではないだろうか.交通トラブルが起きないことを切に願いながらも,万が一の場面において,今回取り入れた代償手段が実際に使用できたか等については,今後の検証が必要であろう.