[OA-5-4] 目標設定支援に影響を与える心理的要素について,不安・抑うつの強い脳出血発症後の症例を通した一考察
序論・目的
作業療法(以下OT)では様々な目標設定支援ツールが用いられるが,評価者との関係性や評価技術が影響する可能性があり,妥当性の検証は重要と考える.今回,脳卒中発症後,不安等が強く,目標設定に難渋した症例に関わった.一症例の経過から心理面の影響を検討し,効果的な目標設定支援につなげる資料としたい.本発表は新百合ヶ丘総合病院倫理委員会の承認を得ている(20230424-①)
症例紹介・方法
30代後半の独身男性.成人後,注意欠如・多動症(ADHD)の指摘あるも未治療であった.X年Y月Z日,左被殻出血の診断で保存治療,Z+12日目に回復期病棟に入棟,約6ヶ月(Z+182日)で自宅退院した.入棟時,右Br-stageⅠ-Ⅰ-Ⅱ,高次脳機能障害は認めなかった.入棟から1ヶ月ごとに不安・抑うつの評価である日本版HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)とCOPMを実施し,退院1週間前に「入院初期の気持ち」「経過の中での気持ち」「現在の気持ち」について半構造化面接を行った.発言はコード化し,研究者7名でカテゴリ分類を行った.これらを総合的に使用し,経過を検証した.
経過・結果
入棟時HADSは不安5点/抑うつ17点であった.入棟2ヶ月で入浴以外ADL自立,Br-stageⅣ-Ⅳ-Ⅳ,COPMは①「1人で歩くことができる」②「右手が生活で使えるようになる」③「スムーズに身の回りのことができる」に再設定し,平均遂行度2.4,満足度1.6であった.以後,大きな改変はなく,②③の具体的内容は設定できなかった.HADSは,不安/抑うつが20点/18点,退院まで疾病疑い以上で推移していた.入棟4ヶ月でT字杖歩行でADL自立,麻痺レベルの変化はなかった.退院時のCOPMは平均遂行度4.4,平均達成度3.8であった.面接での発言分析は53コード,以下大カテゴリを[],中カテゴリを〈〉,小カテゴリを《》で示す.「入院初期の気持ち」8コード,〈実感〉:《障害発生の理解》,〈非現実感〉:《戸惑い》《今後の不透明感》に分類された.「経過の中での気持ち」は[ポジティブな感情]が4コード,〈可視化された成果〉:《具体的な達成》《成果の実感》に分類された.また[ネガティブな感情]が26コード,〈後遺症の理解〉:《障害の実感》《未来予想》,〈将来に対する不安〉:《悲劇的な予測》《無力感》,〈入院生活のストレス〉:《漠然とした生活のストレス》《長期入院の疲れ》《変化の乏しい生活リズム》,また《経過に対する不安》《関係構築のストレス》に分類された.「経過の中での気持ち」で[ネガティブな感情]が86%であった.「現在の気持ち」は15コード,[不安な気持ち]:〈復職に向けた不安〉〈環境変化の不安〉に分類された.
考察
HADSは不安・抑うつの強い状態で経過し,面接結果では,ネガティブな感情が大きく,常に不安があり,達成感が得られにくかった.成人期のADHDは気分障害,不安障害等の合併が認められやすい1)とされ,抑うつの心理要因はネガティブな反すう傾向と正の相関があり,うつ状態はネガティブな反すう傾向が高い場合に引き起こされる2)と指摘されている.これらから,症例は基礎的に不安を感じやすく,加えて考える時間が増えたことが,ポジティブな将来像を想起しにくく,段階付けた具体的目標を設定しにくかった要因のひとつと考えられた.本症例を通し,目標設定支援では,性格特性や思考傾向,環境要因を含めた検討が重要と考えられた.
参考文献
1)村上佳津美:注意欠如・多動症(ADHD)特性の理解,心身医学 2017:27-38
2)伊藤拓ら:抑うつの心理的要因の共通要素-完全主義,執着性格,非機能的態度とうつ状態の関連性におけるネガティブな反すうの位置づけ-,教育心理学研究 2005:162-71
作業療法(以下OT)では様々な目標設定支援ツールが用いられるが,評価者との関係性や評価技術が影響する可能性があり,妥当性の検証は重要と考える.今回,脳卒中発症後,不安等が強く,目標設定に難渋した症例に関わった.一症例の経過から心理面の影響を検討し,効果的な目標設定支援につなげる資料としたい.本発表は新百合ヶ丘総合病院倫理委員会の承認を得ている(20230424-①)
症例紹介・方法
30代後半の独身男性.成人後,注意欠如・多動症(ADHD)の指摘あるも未治療であった.X年Y月Z日,左被殻出血の診断で保存治療,Z+12日目に回復期病棟に入棟,約6ヶ月(Z+182日)で自宅退院した.入棟時,右Br-stageⅠ-Ⅰ-Ⅱ,高次脳機能障害は認めなかった.入棟から1ヶ月ごとに不安・抑うつの評価である日本版HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)とCOPMを実施し,退院1週間前に「入院初期の気持ち」「経過の中での気持ち」「現在の気持ち」について半構造化面接を行った.発言はコード化し,研究者7名でカテゴリ分類を行った.これらを総合的に使用し,経過を検証した.
経過・結果
入棟時HADSは不安5点/抑うつ17点であった.入棟2ヶ月で入浴以外ADL自立,Br-stageⅣ-Ⅳ-Ⅳ,COPMは①「1人で歩くことができる」②「右手が生活で使えるようになる」③「スムーズに身の回りのことができる」に再設定し,平均遂行度2.4,満足度1.6であった.以後,大きな改変はなく,②③の具体的内容は設定できなかった.HADSは,不安/抑うつが20点/18点,退院まで疾病疑い以上で推移していた.入棟4ヶ月でT字杖歩行でADL自立,麻痺レベルの変化はなかった.退院時のCOPMは平均遂行度4.4,平均達成度3.8であった.面接での発言分析は53コード,以下大カテゴリを[],中カテゴリを〈〉,小カテゴリを《》で示す.「入院初期の気持ち」8コード,〈実感〉:《障害発生の理解》,〈非現実感〉:《戸惑い》《今後の不透明感》に分類された.「経過の中での気持ち」は[ポジティブな感情]が4コード,〈可視化された成果〉:《具体的な達成》《成果の実感》に分類された.また[ネガティブな感情]が26コード,〈後遺症の理解〉:《障害の実感》《未来予想》,〈将来に対する不安〉:《悲劇的な予測》《無力感》,〈入院生活のストレス〉:《漠然とした生活のストレス》《長期入院の疲れ》《変化の乏しい生活リズム》,また《経過に対する不安》《関係構築のストレス》に分類された.「経過の中での気持ち」で[ネガティブな感情]が86%であった.「現在の気持ち」は15コード,[不安な気持ち]:〈復職に向けた不安〉〈環境変化の不安〉に分類された.
考察
HADSは不安・抑うつの強い状態で経過し,面接結果では,ネガティブな感情が大きく,常に不安があり,達成感が得られにくかった.成人期のADHDは気分障害,不安障害等の合併が認められやすい1)とされ,抑うつの心理要因はネガティブな反すう傾向と正の相関があり,うつ状態はネガティブな反すう傾向が高い場合に引き起こされる2)と指摘されている.これらから,症例は基礎的に不安を感じやすく,加えて考える時間が増えたことが,ポジティブな将来像を想起しにくく,段階付けた具体的目標を設定しにくかった要因のひとつと考えられた.本症例を通し,目標設定支援では,性格特性や思考傾向,環境要因を含めた検討が重要と考えられた.
参考文献
1)村上佳津美:注意欠如・多動症(ADHD)特性の理解,心身医学 2017:27-38
2)伊藤拓ら:抑うつの心理的要因の共通要素-完全主義,執着性格,非機能的態度とうつ状態の関連性におけるネガティブな反すうの位置づけ-,教育心理学研究 2005:162-71