第58回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

脳血管疾患等

[OA-8] 一般演題:脳血管疾患等 8

2024年11月9日(土) 15:40 〜 16:40 D会場 (小ホール)

座長:對間 泰雄(神奈川リハビリテーション病院 作業療法科)

[OA-8-5] 重度片麻痺患者に対して視覚的運動錯覚と電気刺激療法を併用した事例

星野 優真, 川口 俊太朗, 石井 健史 (苑田会ニューロリハビリテーション病院 リハビリテーション科)

【はじめに】
 近年,電気刺激療法と映像による視覚誘導性自己運動錯覚の併用を用いた複合療法(以下KiNvis療法)が注目されてきている.KiNvis療法は,麻痺側の随意運動や痙縮を改善することができると考えられている.しかし,回復期の重度片麻痺患者に対する報告は少なく,さらなる検証が求められている.そこで今回,脳卒中により重度片麻痺を呈した症例に対し,更衣動作向上を目的にKiNvis療法を用いたところ,一定の治療効果が得られたため以下に報告する.なお,研究に際して症例に対し文書にて十分な説明を行い,同意を得た.
【方法】
 本症例は右被殻出血により左片麻痺を呈し,188病日経過した40代の男性である.上肢の痙縮により関節運動が制限され,前開きシャツを着る際,袖通しに時間を要しており,困難感を自覚していた. Fugl-Meyer Assessment(以下:FMA)上肢項目は13/66点で,Modified Ashworth Scale(以下:MAS)は上肢屈筋群2を認めていた.主な介入は電気刺激を併用した集中的な上肢機能訓練を行っていたが改善を認めなかった.
 190病日目からKiNvis療法を15日間実施した.使用機器はiPad,WILMO(酒井医療社製)を使用した.映像設定は非麻痺側の手指伸展,肘伸展運動をそれぞれ事前に撮影したものを反転させ,映像の上肢と連続するように麻痺側上肢上に配置した.その際モニタと麻痺側上肢の接続部分は隠した.映像時間はモニタ上の映像を見ながらWILMOの刺激時間に合わせて手指伸展運動,肘伸展運動をそれぞれ10分間行った.電気刺激部位は総指伸筋,上腕三頭筋とした.アウトカムは,麻痺側・非麻痺側の袖通し遂行時間,Canadian Occupational Performance Measure(以下:COPM),肘関節伸展・手関節背屈・示指各関節伸展におけるActive Range of Motion(以下 A-ROM),FMA, MAS,運動錯覚の強さに対してVisual Analogue Scale(以下:VAS)を用いた.評価時期は,介入前後に上記の評価を行い,VASのみ5日ごとに評価を行った.
【結果】
 更衣動作遂行時間は,13秒減少した.COPMによる満足度は4点から5点に増加し,遂行度は3点から5点へと増加した.MASでは上腕二頭筋が2から1+に減少し,A-ROMも肘伸展が-40°から-30°へと拡大した.運動錯覚の強さに対してVASは初日が30mm,5日後に40mm,10日後に60mm,15日後に70mmへと向上を認めた.FMA,手関節背屈・示指各関節伸展のA-ROMにおいて,著明な変化は認めなかった.
【考察】
 KiNvis療法により,目標としていた更衣動作の遂行時間,COPM遂行度で向上がみられた.その要因として,上腕二頭筋の筋緊張低下,A-ROMにおける肘伸展可動域の増大が影響したと考えられる.
 KiNvis療法は,運動錯覚を誘発することで麻痺側の自己身体所有感と運動主体感を誘起し,運動の発現に関わる脳神経回路網や皮質脊髄路を興奮させることが報告されている.また,運動錯覚は運動イメージ再生中と共通した脳活動が生じることが示されており,運動の準備や予測といった意識活動が抑制性入力として働き,皮質脊髄路レベルでα運動ニューロンを抑制し,痙縮の抑制にも関与すると考えられている.本症例においてもKiNvis療法により運動錯覚の強度がVASで40mm向上しており,先行研究と同様の脳活動の変化が得られた結果,上腕二頭筋の筋緊張低下,A-ROMにおける肘伸展可動域の増大が生じた可能性がある.KiVis療法は,受動的介入であり随意性の低下している対象にも適応が容易なため重度運動麻痺に対して有用な治療法である可能性を示唆した.