第58回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

精神障害

[OH-2] 一般演題:精神障害 2

2024年11月9日(土) 13:20 〜 14:20 F会場 (201・202)

座長:羽田 舞子(筑波大学附属病院精神科デイケア )

[OH-2-2] 統合失調症認知機能簡易評価尺度日本語版の臨床的に意義のある最小変化量の測定

大矢 涼1, 藤原 雅樹2, 山田 裕士2, 片山 征爾3, 稲垣 正敏4 (1.松江赤十字病院 リハビリテーション技術部, 2.岡山大学病院 精神科神経科, 3.安来第一病院 精神科, 4.島根大学医学部 精神医学講座)

[背景]統合失調症では注意,作業記憶,言語流暢性,遂行機能といった認知機能が障害される.認知機能障害は社会生活技能と関連があり,認知リハビリテーションによって改善することが報告されている.統合失調症認知機能簡易評価尺度日本語版(BACS-J)は認知リハビリテーションなどの研究で用いられる主要な評価尺度である.BACS-Jは下位項目の得点をZスコアに置き換えることで,認知機能障害の程度を解釈することができる.しかし,BACS-Jの臨床的に意義のある最小変化量(MCID)は我々の知る限り報告がなく,その得点の変化量の臨床的意義は不明であり,医療者の経験に基づいて判断せざるを得ない.そこで,BACS-JのMCIDを予備的に算出し,今後の大規模研究のために後方視的なデータ収集・解析の実施可能性を確認することを目的として,研究を実施した.
[方法]安来第一病院において2007年から2020年において認知リハビリテーション(NEAR)を受けた統合失調症患者について診療録を用いて後方視的に調査した.BACS-Jのデータが収集可能な全例を対象とした.対象者の背景情報として,年齢,性別,教育年数,発症年齢を診療録より収集した.BACS-JはNEAR開始時と終了時(6ヶ月後)のデータを収集し,NEAR終了時点のClinical Global Impression-Improvement(CGI-I)を後方視的に評価した.MCIDの算出法には,Anchor-based methodsとDistribution-based methodsを採用した.Anchor-based methodsの外部指標はCGI-Iとした.BACS-JとCGI-Iとの間に相関関係があるかを確認するため,スピアマンの順位相関係数を用いて確認を行い,CGI-Iの「わずかに改善した」に相当するBACS-Jの変化量の平均値を求め,その値をMCIDとした.Distribution-based methodsによるMCIDの算出には,尺度自体の特性としてどの程度の誤差が生じるか(測定標準誤差:SEM)を算出する手法をとり,BACS-Jデータから標準偏差(SD)と級内相関係数(ICC)を算出し,SEM=SD√1−ICC×1.96により算出された値をMCIDとした.統計解析には統計ソフトSPSSを使用した.本研究は島根大学医学部医学研究倫理委員会の承認を得た.
[結果]認知リハビリテーションに参加した入院および外来の統合失調症患者28名が対象となり,すべての対象者のデータが収集された.診療録が既に破棄されていた等の理由からCGI-Iの評価が完了したのは11名であり,「わずかに改善した」に相当する人数は3名であった.解析に必要となるサンプル数が確保できなかったためAnchor-based methodsは解析しなかった.Distribution-based methodsには28名のBACS-Jデータが取り込まれ,算出されたMCIDは0.735であった.
[考察]本研究を実施した結果,BACS-JのMCIDを測定するために後方視的なデータの収集が可能であることがわかり,解析の手順を確認することができた.本研究で算出されたMCIDによれば,BACS-JのComposite Scoreがおよそ0.7増加すれば臨床的に意義のある変化であったと解釈できると考えられる.Distribution-based methodsでは,統計的に信頼性が高いといわれる1.96SEMを用いた.一方,単施設研究のためサンプル数が不十分であり,Anchor-based methodsは解析しなかった.MCIDの報告はAnchor-based methodsとDistribution-based methodsの両方を用いてMCIDを示すことが望ましいとされている.今後より質の高い知見を得るためには,多施設研究として,十分なサンプル数を確保した上で,Anchor-based methodsとDistribution-based methodsの両方によってMCIDを報告することが重要であると考える.