[OH-3-1] 描画が日課として定着したことにより生活が改善した症例
~精神科作業療法の視点で芸術を捉える~
【序論】作業療法は多様な活動を治療媒体として用い,芸術もその一つである.芸術は多領域で利用されており,特に精神障害領域での利用率は高く(作業療法白書,2021),治療の中心的手段と言える.作業療法ジャーナルは1992,1997,2003,2013,2018年に芸術に関する特集を組んでおり,その関心と重要性の高さが推定される.臨床経験の認識からも作業療法において芸術は重要な活動であると推察する.しかし,芸術の利用率の高さに比して,学術報告は散見される程度である.
【目的】訪問看護ステーションからの作業療法において,引きこもって無為な生活を送りながらも幻覚・妄想により危険を伴う一人歩きをくり返す症例を経験した.今回,精神科作業療法の視点で芸術にかかわったことで,描画が日課として定着し,生活が改善した結果を得たため報告する.
【方法】対象はX年に統合失調症と診断された40歳代の女性である.本人と家族へ口頭と文書で発表の目的,自由意志での決定,個人情報の保護について説明し,署名で同意を得た.症例は戸建で母と二人暮らしだが,母は就労のため日中は独居で過ごし,外出機会は通院のみであった.20歳代に2年間の就労経験と数ヶ月の精神化デイケア通所歴はあるが,以後の社会交流は皆無であった.通院で薬剤治療を受けていたが,参加は制約され,危険行動を認める状況であった.X年+17年,生活習慣の確立と社会的行動の獲得を目的に作業療法が開始となった.初回訪問より作業療法士との接触を拒否し「帰れ.」と退出を迫った.表情変化はなく,他者への関心が欠如しており,非社交性は顕著であった.発話は乏しく,質問への返答は1-2語であった.幻覚は対話性幻聴が主であり,独語や空笑を認めた.妄想は関係妄想,誇大妄想,被害妄想が混在していた.幻覚・妄想の影響を受けて一人歩きし,河原や市街で保護されることがあり,危険性の高い行動があった.古紙へ荒唐無稽な線を描いている様子が観察され,母より「子供の頃から何かを描いていることがある.」と聴取した.FIM:97/126(理解1,表出1,社会的交流1),FAI:0/45,GAF:20/100であった.症例は陰性症状に苛まれ,人生経験の不足も相まって不活動な生活が継続しており,陽性症状の影響を強く受けていると状態と推察した.母の発言からも汲み取れるように,症例にとっての描画は単なる芸術ではなく,「現実世界で自分以外とつながる唯一の機会」といった価値を持つ作業であると考えた.そこで,描画を病的体験からの離脱機会として提供することで,生活習慣と社会的行動に好影響を与えると推測した.先ずは興味を示したアニメキャラクターやファッションデザインをなぞることから始め,模写,自由描画へと展開した.陽性症状の増悪や拒否を認めた場合は中断する方針とした.
【結果】X年+18年,在宅での描画が日課として定着し,幻覚・妄想は残存しながらも危険を伴う一人歩きまでは発展しなくなった.独自のデザインを描画するようになり,作業療法士との穏やかな会話も認めた.FIM:107/126(理解4,表出4,社会的交流5),FAI:3/45(読書3),GAF:50/100であり,初期評価より改善した.以後X年+27年まで,この生活は継続している.
【考察】新たな知見は,症例にとっての芸術を精神科作業療法の視点で有意義な活動であると捉え,描画が日課として定着したことにより生活が改善したことである.臨床では対話に難渋し,長年にわたり社会から孤立した症例と遭遇することがある.個々の症例に有益な作業療法を提供するために,本症例と類似した報告を増数し,有用なかかわりを明確にしていく必要がある.
【目的】訪問看護ステーションからの作業療法において,引きこもって無為な生活を送りながらも幻覚・妄想により危険を伴う一人歩きをくり返す症例を経験した.今回,精神科作業療法の視点で芸術にかかわったことで,描画が日課として定着し,生活が改善した結果を得たため報告する.
【方法】対象はX年に統合失調症と診断された40歳代の女性である.本人と家族へ口頭と文書で発表の目的,自由意志での決定,個人情報の保護について説明し,署名で同意を得た.症例は戸建で母と二人暮らしだが,母は就労のため日中は独居で過ごし,外出機会は通院のみであった.20歳代に2年間の就労経験と数ヶ月の精神化デイケア通所歴はあるが,以後の社会交流は皆無であった.通院で薬剤治療を受けていたが,参加は制約され,危険行動を認める状況であった.X年+17年,生活習慣の確立と社会的行動の獲得を目的に作業療法が開始となった.初回訪問より作業療法士との接触を拒否し「帰れ.」と退出を迫った.表情変化はなく,他者への関心が欠如しており,非社交性は顕著であった.発話は乏しく,質問への返答は1-2語であった.幻覚は対話性幻聴が主であり,独語や空笑を認めた.妄想は関係妄想,誇大妄想,被害妄想が混在していた.幻覚・妄想の影響を受けて一人歩きし,河原や市街で保護されることがあり,危険性の高い行動があった.古紙へ荒唐無稽な線を描いている様子が観察され,母より「子供の頃から何かを描いていることがある.」と聴取した.FIM:97/126(理解1,表出1,社会的交流1),FAI:0/45,GAF:20/100であった.症例は陰性症状に苛まれ,人生経験の不足も相まって不活動な生活が継続しており,陽性症状の影響を強く受けていると状態と推察した.母の発言からも汲み取れるように,症例にとっての描画は単なる芸術ではなく,「現実世界で自分以外とつながる唯一の機会」といった価値を持つ作業であると考えた.そこで,描画を病的体験からの離脱機会として提供することで,生活習慣と社会的行動に好影響を与えると推測した.先ずは興味を示したアニメキャラクターやファッションデザインをなぞることから始め,模写,自由描画へと展開した.陽性症状の増悪や拒否を認めた場合は中断する方針とした.
【結果】X年+18年,在宅での描画が日課として定着し,幻覚・妄想は残存しながらも危険を伴う一人歩きまでは発展しなくなった.独自のデザインを描画するようになり,作業療法士との穏やかな会話も認めた.FIM:107/126(理解4,表出4,社会的交流5),FAI:3/45(読書3),GAF:50/100であり,初期評価より改善した.以後X年+27年まで,この生活は継続している.
【考察】新たな知見は,症例にとっての芸術を精神科作業療法の視点で有意義な活動であると捉え,描画が日課として定着したことにより生活が改善したことである.臨床では対話に難渋し,長年にわたり社会から孤立した症例と遭遇することがある.個々の症例に有益な作業療法を提供するために,本症例と類似した報告を増数し,有用なかかわりを明確にしていく必要がある.