第58回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

発達障害

[OI-1] 一般演題:発達障害 1

2024年11月9日(土) 14:30 〜 15:30 G会場 (206)

座長:中島 そのみ(札幌医科大学 )

[OI-1-2] 運筆の正確性に関して表面に凹凸を施した下敷きの有用性の検討

~手先に不器用さを有する学童期の2 症例を通じて~

奥田 歩1, 中島 そのみ2, 仙石 泰仁2, 世良 彰康3 (1.札幌医科大学大学院保健医療学研究科, 2.札幌医科大学保健医療学部作業療法学科, 3.こども支援ルーム)

<はじめに>不器用さを有する児(以下,不器用児)の運筆動作の改善を目的とした学習支援の道具の1つとして,近年,細かいドットを施した下敷き(以下,ざらざら下敷き)が開発された.筆者らはこれまでに,健常成人を対象にざらざら下敷きの使用で生じる運筆の正確性の変化について調査し,直線描画時に運筆の正確性が改善することを明らかにした.しかし,臨床場面ではざらざら下敷きで効果が得られない不器用児もいることを経験している.そこで本研究は「手先の不器用さ,書字の苦手さ」を示す症例で,ざらざら下敷き使用時の運筆の正確性が向上した児と低下した児の2症例について,運筆課題の結果と身体特徴との関係から,ざらざら下敷き使用に適した対象児の特徴について検討した.尚,本研究は症例の保護者に報告の目的を説明し,保護者及び対象児に同意を得て実施した.
<方法>症例は通常学級に在籍し,放課後デイサービスを利用している小学校3年生の男児(以下,A児)と小学校2年生の男児(以下,B児)である.いずれも,主訴に手先の不器用さ,書字の苦手さがあげられており,活動中にもそのような様子が観察されていた.研究内容は,下敷き表面に0.6mmピッチで0.05mm程度のドット配置がなされた「ざらざら下敷き」(商品名:魔法のザラザラ下じき,株式会社オフィスサニー)とドットのない「通常の下敷き(以下,下敷き)」の2種類を使用し,A4用紙に印刷された正三角形(1辺10㎝)と同心内側の正三角形の罫線間(3mm)罫線からはみ出ないように5回描画するものとした.運筆の正確性については罫線に重なるかはみ出した線の距離を求めた.身体特徴ついては,運筆時の座位姿勢の特徴と日本感覚統合研究会による臨床観察の中から「姿勢保持に関する項目」を抜粋して実施したものを用いた.なお,臨床観察は臨床経験5年以上の作業療法士(以下,OT)が評価し,臨床観察の研修を受けたOTと協議の上判定した.
<結果>A児の下敷き条件の平均はみ出し距離は7.3㎝,ざらざら下敷き条件の平均はみだし距離は2.7㎝であり,ざらざら下敷きの使用で平均はみだし距離が4.6㎝減少した.身体特徴については,運筆時の姿勢は前傾気味ではあるが安定性は保持されていた.臨床観察の結果は,全身の筋緊張はノーマルで,上肢の同時収縮がやや劣るものの,頸部,腹筋,背筋に持続的に力を入れて一定の位置に保持し続けることができていた.B児の下敷き条件の平均はみ出し距離は3㎝,ざらざら下敷き条件の平均はみだし距離は9.7㎝であり,ざらざら下敷きの使用で平均はみだし距離が6.7㎝増加した.身体特徴については,運筆時の姿勢は骨盤が後傾し円背となるため自ら座面に正座をして無理に姿勢を正そうとするが維持できない様子が見られた.臨床観察の結果ではB児は全身の筋緊張が低く,頸部,上肢,体幹の筋緊張を瞬発的かつ過度に高めるが,持続的に維持することができず姿勢が崩れてしまう傾向にあった.
<考察>ざらざら下敷きの使用で運筆の正確性の違いが見られた2症例の比較から,座位保持を持続することに影響するような筋緊張の調整が苦手な児にとっては,ざらざら下敷きによる運筆動作への一定の抵抗が適切な筋緊張の持続を妨げ,運筆の正確性に影響を与える可能性が示唆された.本研究の結果から,ざらざら下敷きは使用者の身体的な特徴を把握した上で提示することで,手先に不器用さがある児に対して運筆の正確性を改善させる環境的な支援方法の一つになる可能性があると考えている.