第58回日本作業療法学会

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一般演題

地域

[ON-5] 一般演題:地域 5 

2024年11月10日(日) 08:30 〜 09:30 E会場 (204)

座長:高島 理沙(北海道大学 大学院保健科学研究院)

[ON-5-1] 通所リハビリテーションにて重度の上肢麻痺の​方がCO-OPアプローチでズボンの腰紐を両手で結ぶことができるようになった一事例

松澤 良平 (IMS<イムス>グループ イムス板橋リハビリテーション病院)

【はじめに】今回,通所リハビリテーションにて左被殻出血による重度の上肢麻痺の方に対して,Cognitive Orientation to daily Occupational Performance(以下,CO-OP)を導入し,ズボンの腰紐を両手で結ぶことことができるようになった事例を経験した.CO-OPは,作業遂行の問題解決に向けて,対象者自身が戦略を立て,生活に般化し,さらに別の作業遂行に技能を転移することができる方法である.重度上肢麻痺かつ通所作業療法でCO-OPを実施した報告は少なく,今後の発展の一助になると思われるため報告する.なお,報告することについて,本人に説明し書面にて同意を得ている.
【事例紹介】通所リハビリテーションを利用中の70歳代の男性.約3年前に左被殻出血で右片麻痺となった.今回,本人から「今は妻に結んでもらっているズボンの腰紐を自分で結べるようになりたい」と希望が挙がった.要介護3で,Barthel Indexは90点であった.右上肢機能について,Brunnstrom stageは上肢III,手指III,Fugl‒Meyer Assessmentの合計は18点であり,その中の手指項目は1点であった.高次脳機能障害はなかった.紐を両手で結ぶことは難易度が高いように思われたが,右示指に巻きつけて紐を引っ張る方法を教えたところ,1回の介入で蝶結びができた.その時は本人が満足していたため,しばらくは通所時に取り組まず,本人が自宅で行うことになった.4ヶ月後,本人から「指1本分の余裕でしっかり締めたい」と話があり,CO-OPで取り組むことを説明し同意を得られたため導入することになった.
【介入】目標を「指一本分くらいの余裕でしっかり締める」とした.カナダ作業遂行測定(以下,COPM)の重要度は8,遂行度は2,満足度は2.観察上の遂行の質を評定するPerformance Quality Rating Scale(以下,PQRS)は2であった.蝶結びの輪を作る際に紐を引いて固定できないことが緩みの原因となっていた.本人が遂行を改善するための戦略を見つけられるように話し合い,戦略を身につけるための過程であるGlobal StrategyのGoal-Plan-Do-Checkを繰り返した.目標達成に向けた可能化の原理として,フォワードチェイニングを行い,工程を区切って実施した.通所日と通所日の間の数日に本人が自宅でも取り組んだところ,ズボンの形状と紐の種類によって成功率が異なり,般化できなかった.そこで,通所の際に種類を選ばずに結ぶことができるように戦略を練り直した.
【結果】最終的に目標を達成し日常的に自分で結ぶようになった.COPMの遂行度は7,満足度は6であった.PQRSは7であった.CO-OPの初期評価と最終評価を含め2ヶ月間に渡って実施した.介入回数は不定期に8回,合計300分を要した.効果的だった戦略は「結び目を左小指で抑えること」と「第1段階の結び目を新聞を束ねる時のように二重にすること」と本人から語られた.また,習得した技能を靴紐を結ぶことに転移できることも確認した.上肢機能に変化は無かった.
【考察】重度上肢麻痺であり,両手で紐を結ぶことは困難と思われたが,最終的に目標を達成できた.身体機能と作業遂行はそれほど強い相関はないと言われており,CO-OPは麻痺が強くても作業遂行を改善できることを証明した.一方で,般化が達成されるまで効果的な戦略が定着せず,介入頻度と合計時間を要した.紐結びは紐が常に変化し,空間的な操作を要求される難易度が高い課題であったことに加え,作業療法士の分析と戦略を引き出す技量が不十分だったことも考えられた.介護保険でのリハビリテーションは,利用期間がアウトカムの一部となっている.より短期間で成果を出すために,作業療法士の技量を高めることが望まれる.