第58回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-8] ポスター:脳血管疾患等 8

2024年11月10日(日) 09:30 〜 10:30 ポスター会場 (大ホール)

[PA-8-10] 亜急性期脳卒中患者における方向や速度が異なる上肢リーチ時の筋シナジー制御と神経メカニズム:症例報告

芝 貴裕1, 水田 直道3,4, 蓮井 成仁1,5, 田口 潤智2, 森岡 周4,5 (1.医療法人尚和会宝塚リハビリテーション病院  療法部, 2.医療法人尚和会宝塚リハビリテーション病院  診療部, 3.日本福祉大学 健康科学研究科, 4.畿央大学 ニューロリハビリテーション研究センター, 5.畿央大学院 健康科学研究科 神経リハビリテーション学研究室)

【序論】
ヒトの上肢のリーチ運動は,筋骨格系の冗長な運動自由度を低次元化するため,筋シナジーを用いて制御されている.多くの脳卒中後症例では,上肢リーチにおける筋シナジーの制御不全が認められる.筋シナジー特性の経時的変化に関する報告は散見されるが,リーチ運動の方向や速度が筋シナジー特性および背景にある神経メカニズムに及ぼす影響は不明である.本報告は,麻痺軽症例におけるリーチ運動の方向や速度の違いが筋シナジー特性および背景にある神経メカニズムに及ぼす影響を単一症例で検証することである.なお,発表にあたり本症例に口頭と書面で同意を得ている.
【方法】
対象は左脳梗塞を呈した80歳代女性である.発症後65病日の身体機能は,Fugl-Meyer-Assessment(FMA)が50点(肩31/手関節9/手指6),Modified Ashworth Scale(MAS)が肘・手関節ともに0点であった.計測はスツール座位で開始し,上肢位置は大腿部に設定した.リーチ運動の条件として,方向は肩屈曲90°・120°の位置に目印を配置した.運動速度は通常速度および最大速度の計4条件で設定し,評価は初期,最終(2ヵ月後)で実施した.表面筋電図(Delsys trigno; Delsys)は上腕三頭筋外側頭と内側頭,上腕二頭筋長頭と短頭,三角筋前部と後部,菱形筋,棘下筋,大胸筋鎖骨部線維,上腕筋から導出した.データは非負値行列因子分解により筋シナジーを算出し,VAF80%を満たす筋シナジー数と単調性の指標であるVAF1を算出した.また,上腕二頭筋長頭-短頭,上腕三頭筋外頭-内側頭,三角筋前部-後部それぞれの組み合わせでウェーブレットコヒーレンス解析(Morlet)を実施し,皮質脊髄路興奮性を反映するβ帯域(15-30Hz)の平均値を算出した.
【結果】
最終のFMAは57点(肩35/手関節9点/手指8点)であった.リーチ動作における筋シナジーは各条件で2種類抽出されたが,筋シナジーを構成する各筋の重み付けは異なっていた.VAF1およびウェーブレットコヒーレンス結果を初期/最終で示す.VAF1(%)は通常速度条件の90°で86.6/85.5,120°で86.6/82.6であった.最大速度条件の90°では90.4/82.4,120°では87.8/82.6となった.β帯域のコヒーレンスは,通常速度条件の90°で上腕二頭筋長頭-短頭で0.31/0.29,上腕三頭筋外頭-内側頭で0.27/0.24,三角筋前部-後部で0.29/0.26であり,120°では上腕二頭筋長頭-短頭で0.32/0.25,上腕三頭筋外頭-内側頭で0.27/0.28,三角筋前部-後部で0.31/0.25と低下した.最大速度条件では,90°で上腕二頭筋長頭-短頭で0.34/0.28,上腕三頭筋外頭-内側頭で0.30/0.24,三角筋前部-後部で0.30/0.26,120°では上腕二頭筋長頭-短頭で0.32/0.24,上腕三頭筋外頭-内側頭で0.27/0.23,三角筋前部-後部で0.29/0.24と通常速度に比べてコヒーレンスがさらに低下していた.
【考察】
方向や速度の異なるリーチにおいて,初期と最終評価で筋シナジー数に変化は認められなかったが,筋シナジーを構成する各筋の重み付けの変化やVAF1の低下がみられた.また条件別にみると,通常速度の2条件よりも,最大速度の2条件VAF1がで優位に低下していた.さらにウェーブレットコヒーレンスのβ帯域値は,初期と比較して最終評価時点で減少した.本症例が麻痺軽症例であることを考慮すると,皮質脊髄路の過剰な下降性投射が減少したことでより複雑な制御が可能になったと考える.