第58回日本作業療法学会

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ポスター

精神障害

[PH-8] ポスター:精神障害 8

Sun. Nov 10, 2024 9:30 AM - 10:30 AM ポスター会場 (大ホール)

[PH-8-2] 意志のサイクルに着目した支援により,価値を置く作業の従事に繋がった事例

山岡 光里1, 佐藤 範明2 (1.東京都立松沢病院 リハビリテーション科, 2.昭和大学附属烏山病院 リハビリテーション室)

【はじめに】人間作業モデル(以下,MOHO)において,意志は,予想,選択,経験,解釈のサイクルが繰り返されることで自身の価値の発見や自分らしい生活の構築を形作り,反映する.今回,入院を繰り返すも体重増加や食行動の改善を中心とした治療に意味を見出せず,価値を置く作業の一人暮らしに従事することが困難な事例を担当した.本事例に対してMOHOの意志のサイクルに着目した支援を行った結果,価値を置く作業を軸に物事を捉え,生活の再構築や治療の動機付けを高めることに繋がったため報告する.
【目的】本報告の目的は,摂食障害者に対し,意志のサイクルに基づき,価値を置く作業を軸に課題を整理し,定期的な振り返り面談の実施による意志の変容や治療動機付けの有効性について事例を通して考察することである.
【事例紹介】A氏,20代後半女性,神経性無食欲症の摂食制限型.10歳代前半に発症し,複数回任意入院するも,目標体重などの数値目標に囚われ,治療を負担に感じ,自主退院を繰り返していた.今回も体重増加を目的に任意入院となり,これまで自宅で生活をしてきたが退院先として一人暮らしが検討された.本研究にあたり倫理審査委員会の承諾,対象者への同意を得ている.
【作業療法評価】面談では,「何をやってもうまくいかない.食べるのも辛いけど体重が増えないのはもっと辛い」と繰り返す入院を失敗体験と捉えていた.一人暮らしに関して,「やってみたいけどすぐに入院になりそうだから今は無理だと思う」と,入退院を繰り返している経験から,環境変化により体重が不安定になると解釈し,再入院になるといった予想から,一人暮らしを選択できず価値を置く作業を諦めていた.また,治療に負担を感じると退院を希望する言動がみられ,治療の意味や目的を見出せず,意志の過程に悪循環が生じていた.
【作業療法介入】意志のサイクルが良好に機能し,価値の視点で作業選択ができることを目的に定期的な面談を通して介入を進めた.面談では,意志のサイクルによって価値が生じ,生活の再構築に繋がる過程を説明し,興味や楽しみを引き出した.また,意志のサイクルに沿って一人暮らしの不安を明らかにし,対処法の選択肢を提示しつつA氏自身の気づきや考えを引き出すことで肯定的な解釈や予想を促し,前向きな選択に繋がる振り返りを行った.
【経過と結果】A氏は,楽しみについて,家族との思い出を振り返り「生きていてよかったと思える瞬間を増やしたい」と語った.一人暮らしについて,体重減少による再入院や食事の用意を不安視していたため,入院も対処法の一つであると肯定的にフィードバックし,社会資源の情報共有をしたところ自ら主治医に栄養指導や配食サービスの利用を希望し「やってみないとわからないからやってから考える」と, 前向きな見通しとなり治療や食事に対する認識に変化が生じた.その後も繰り返し面談を行い,不安を明確にし,対処を考え,主体的に取り組む経験により一人暮らしにおいて,食事や体重の安定が重要だと解釈し,食事を摂取できる環境や工夫を予想し,栄養指導や配食サービスの利用といった前向きな選択に繋がった.
【考察】MOHOでは,価値に埋め込まれた文化の中で生じる予想,選択,経験,解釈の過程は,何が問題かを定義する生活の見方を保持する個人的確信を作り出すとしている.悪循環な意志の過程により価値を置く作業への従事を諦めていたA氏にとって,価値を軸に物事を考える経験は,生活の見方を見直すきっかけとなり,新たな価値の創発に繋がったと考える.また,体重などの数値目標に意識が向きやすい摂食障害事例において,作業の視点を取り入れることは,治療の意味や目的を見出し,治療の動機付けを高めることにも有効であると考える.