[PH-8-5] 専門職として,人としての関わり
心揺さぶられた事例から学んだこと
【はじめに】中絶したことを悔やみ苦しみ,自分自身を責める幻聴が絶えず聞こえてくる,慢性期の統合失調症患者(以下A氏)と関わる機会を得た.A氏との関わりの中で,筆者は心揺さぶられる体験をした.揺さぶりの正体を考察し,専門職としての大切な関わり方について報告する.
なお,発表にあたって,A氏とその家族に口頭および書面にて説明をおこない,同意を得ている.
【事例紹介】A氏60代女性,夫と2人暮らし.慢性期統合失調症,合併症として,心不全,重度SASあり.30代で結婚,妊娠.妊娠を機に精神状態悪化し,中絶を訴え自殺企図.他院に入院し,退院後,人工中絶手術を受ける.以降,他院に入退院を繰り返す.その後当院に転院,複数回の入院歴あり.入院目的は,心不全の治療や,幻聴悪化時の薬剤調整および休養入院である.作業療法(以下OT)参加中は,ほとんどの時間,幻聴と対話しながら活動している.いずれの入院も1ヶ月程度で,身体状態が改善したり休養がとれたと実感したりすると退院となっている.在宅生活では,日中は作業所や公共サロンなどに通い,訪問看護を利用している.
【OT経過】①出会い期:「子も産めないような人間は火あぶりにされる」「赤ちゃんに会いたかった」「女の幸せ経験できなかった」などと独語あり.陽性症状が顕著であり生活に支障の出ている人,という解釈をした.
②揺さぶられ期:「子供もいないのに生きていたって仕方ない」という独語や中絶後の事,夫関連の語りあり.中絶後,近所の目から逃げるように引っ越したこと,子を持たない代わりに夫と旅行に行ったこと,A氏の独語に対していつまでそんな事を言っているのだと夫が呆れ注意するような発言があること,などの語りがある.筆者はA氏の語りを聞く度に,心苦しくなるような,何とも言いがたい感情の揺さぶりを経験し,中絶の過去に苦しみ続けるA氏に何ができるのか悩み続ける.
③転換期:筆者の中で,独語という表現であったとしても辛いことを辛いと表現してもいいのではないか,との思いに至り,母になりたくてもなれなかった,数十年も苦しみ続ける1人の女性,という解釈となる.A氏の辛さを減らすことはできないが,傍におらせてもらおうという姿勢で関わった.「産んだって育てられなかったら意味ない,可哀想なことになる」「子どもがいたって幸せになったとは限らない」「飼い犬が私らの子ども」という語りが聞かれるようになる.
【考察】筆者は普段,OT対象者の状況や辛さを想像しながら関わっている.しかしA氏については,A氏の語る辛さを想像するよりも先に,「それは辛い」,と感情が先に沸き上がるような感覚になった. これは,筆者自身が妊娠出産を経験後,この期の苦しみを持つ初めての事例がA氏だったからであると考える.A氏と出会う前にも,この期の苦しみを持つ事例に出会ってきたが揺さぶりはなかった.母が子を思う気持ちを,身をもって経験したことで揺さぶられ,A氏に対する解釈は変化し,作業療法士としてではなく,同じ人として,その苦しみに共感し,ただ傍におらせてもらおうという姿勢になったと考える.A氏と辛さを共感し合う存在には夫がいるが,A氏の語りからは,夫は過去に囚われず前を向いている印象を受ける.A氏と共に辛さを感じる存在が,必要なのではないかと考える.
筆者の価値観は,今後の人生経験の中で何かしら変化していくだろう.その変化により新たな揺さぶりを経験するかもしれない.その揺さぶりは,人としての共感に繋がること,さらに専門職としての治療関係に繋がっていくことを今回のA氏との関わりから学んだ.
なお,発表にあたって,A氏とその家族に口頭および書面にて説明をおこない,同意を得ている.
【事例紹介】A氏60代女性,夫と2人暮らし.慢性期統合失調症,合併症として,心不全,重度SASあり.30代で結婚,妊娠.妊娠を機に精神状態悪化し,中絶を訴え自殺企図.他院に入院し,退院後,人工中絶手術を受ける.以降,他院に入退院を繰り返す.その後当院に転院,複数回の入院歴あり.入院目的は,心不全の治療や,幻聴悪化時の薬剤調整および休養入院である.作業療法(以下OT)参加中は,ほとんどの時間,幻聴と対話しながら活動している.いずれの入院も1ヶ月程度で,身体状態が改善したり休養がとれたと実感したりすると退院となっている.在宅生活では,日中は作業所や公共サロンなどに通い,訪問看護を利用している.
【OT経過】①出会い期:「子も産めないような人間は火あぶりにされる」「赤ちゃんに会いたかった」「女の幸せ経験できなかった」などと独語あり.陽性症状が顕著であり生活に支障の出ている人,という解釈をした.
②揺さぶられ期:「子供もいないのに生きていたって仕方ない」という独語や中絶後の事,夫関連の語りあり.中絶後,近所の目から逃げるように引っ越したこと,子を持たない代わりに夫と旅行に行ったこと,A氏の独語に対していつまでそんな事を言っているのだと夫が呆れ注意するような発言があること,などの語りがある.筆者はA氏の語りを聞く度に,心苦しくなるような,何とも言いがたい感情の揺さぶりを経験し,中絶の過去に苦しみ続けるA氏に何ができるのか悩み続ける.
③転換期:筆者の中で,独語という表現であったとしても辛いことを辛いと表現してもいいのではないか,との思いに至り,母になりたくてもなれなかった,数十年も苦しみ続ける1人の女性,という解釈となる.A氏の辛さを減らすことはできないが,傍におらせてもらおうという姿勢で関わった.「産んだって育てられなかったら意味ない,可哀想なことになる」「子どもがいたって幸せになったとは限らない」「飼い犬が私らの子ども」という語りが聞かれるようになる.
【考察】筆者は普段,OT対象者の状況や辛さを想像しながら関わっている.しかしA氏については,A氏の語る辛さを想像するよりも先に,「それは辛い」,と感情が先に沸き上がるような感覚になった. これは,筆者自身が妊娠出産を経験後,この期の苦しみを持つ初めての事例がA氏だったからであると考える.A氏と出会う前にも,この期の苦しみを持つ事例に出会ってきたが揺さぶりはなかった.母が子を思う気持ちを,身をもって経験したことで揺さぶられ,A氏に対する解釈は変化し,作業療法士としてではなく,同じ人として,その苦しみに共感し,ただ傍におらせてもらおうという姿勢になったと考える.A氏と辛さを共感し合う存在には夫がいるが,A氏の語りからは,夫は過去に囚われず前を向いている印象を受ける.A氏と共に辛さを感じる存在が,必要なのではないかと考える.
筆者の価値観は,今後の人生経験の中で何かしら変化していくだろう.その変化により新たな揺さぶりを経験するかもしれない.その揺さぶりは,人としての共感に繋がること,さらに専門職としての治療関係に繋がっていくことを今回のA氏との関わりから学んだ.