第58回日本作業療法学会

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ポスター

高齢期

[PJ-1] ポスター:高齢期 1

Sat. Nov 9, 2024 10:30 AM - 11:30 AM ポスター会場 (大ホール)

[PJ-1-5] 右大腿骨転子部骨折術後にせん妄症状を呈した独居高齢男性の在宅復帰を目指した事例

松浦 哲也 (佐野記念病院 リハビリテーション部)

【はじめに】今回,右大腿骨転子部骨折術後,せん妄症状を呈した事例に対して,在宅復帰を目指した作業療法を行った.なお,本発表は事例の同意を得ている.
【事例紹介】A氏.80代男性.独居.右大腿骨転子部骨折術後11日で回復期リハビリテーション病棟へ転棟となり作業療法開始.2年前に妻が他界してからは抑鬱状態が続き,1年前に軽度の脳梗塞を発症後は歩行器を使用して引きこもりがちの生活となった.娘は他界.孫・兄弟とも疎遠で身寄りなし.以前は妻と2人で旅行に行くことが生きがいであり,妻他界後は仏壇の世話を日課にしていた.無趣味で日々の楽しみは甘いものを飲食しながら時代劇を見ることくらいだった.
【作業療法評価】右大腿骨転子部骨折の術後経過は良好で歩行器歩行再獲得の見込みはあったが,術後せん妄により認知機能や抑鬱状態は悪化し,一日のほとんどを真っ暗な病室で寝て過ごし,独居生活の継続について不安視されていた.Mini-Mental State Examination(以下,MMSE)は17点.作業機能障害の種類と評価(以下,CAOD)61点(作業不均衡25点,作業剥奪19点,作業疎外20点,作業周縁化14点).Aid for Decision-making in Occupation Choice(以下,ADOC)を使用した作業療法面接では「何がどうなっているのか分からない.もう死んだ方がマシだ.」とネガティブな発言を繰り返して目標設定の合意は困難だった.一方で自宅ではソファに座りながら時代劇を欠かさず観ていたことやTVの隣にある仏壇に話しかけていたことを教えてくれた.妻の話になると時折笑顔になったことが印象的だった.
【介入】妻の存在を感じながら在宅生活を継続することを目標に,右大腿骨転子部骨折術後の身体機能改善と歩行器歩行でセルフケアの自立を目指すプログラムに加えて(介入初期)A氏オリジナルの番組表入りのスケジュール表の作成とおやつタイムの導入による生活習慣の再建(介入中期)自宅訪問による動作確認と環境調整,退院後のサービス担当者会議の実施(介入後期)ADOCによる目標設定と在宅復帰プログラムの実践を行った.
【経過と結果】介入38日目,MMSE23点.CAOD61点(作業不均衡14点,作業剥奪18点,作業疎外17点,作業周縁化12点)と認知機能が改善し,状況の認識が可能となり活動と休息のバランスが整った.そこでA氏に同意を得て,自宅訪問にて移動動作の確認と仏壇の世話,ヘルパーサービスの再調整を実施し,在宅生活の実現を実感できる機会を提供した.自宅訪問後「早く家に帰りたい」と前向きな発言が増えた.このタイミングでADOCを再度実施.合意目標を①仏壇の世話(満足度1/5遂行度1/5)②靴下の着脱(満足度1/1遂行度1/1)③安全な屋内移動の獲得(満足度2/5遂行度2/5)と設定して,病室にある遺影の前に水を供えて毎日水を交換すること,朝晩の歯磨きは伝い歩きで実施すること,靴下チャレンジと題して1日1回は靴下の着脱訓練を実施することに取り組んだ.
介入63日目,MMSE25点,CAOD31点(作業不均衡6点,作業剥奪5点,作業疎外11点,作業周縁化8点)ADOC①仏壇の世話(満足度4/5遂行度5/5)②靴下の着脱(満足度4/5遂行度4/5)③安全な屋内移動の獲得(満足度4/5遂行度5/5)となり自宅退院となった.
【まとめ】在宅復帰プログラムに対して主体的に参加することが困難だったA氏に対して,Shared Decision Makingの連続体の中で意思決定への参加の程度を調整しながら作業療法を実施した.病前大切にしていたと予測される作業への参加を習慣化することで日常を取り戻し,自宅訪問の経験が自己効力感を高め,合意目標を設定して取り組んだチャレンジは入院生活に意味をもたらし,結果として在宅復帰の一助になれたのではないかと考える.