第58回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

高齢期

[PJ-6] ポスター:高齢期 6

2024年11月9日(土) 16:30 〜 17:30 ポスター会場 (大ホール)

[PJ-6-5] 「好きな物を食べたい」という意志が作業への動機づけを高め,入院生活の過ごし方に変化が起こった事例

村上 恭央, 近江 孝之, 椎木 洋子 (社会医療法人有隣会 東大阪病院 リハビリテーション部)

【はじめに】今回,味の濃い食事に強いこだわりを持ち,配食等のサービス利用を拒む事例を担当した.動作練習に対し受け身的だったが家屋評価での実動作の経験で意志に変化が見られた.具体的な目標設定と自主練習を行える環境を整えたことで入院生活の過ごし方に変化があった.その結果,買い物という大切な作業の獲得へ繋がった.その関わりについて報告する.尚,発表に際し書面にて事例の同意を得た.
【事例紹介】A氏,70歳代男性,独居.病前は屋内独歩,屋外は4点杖か自転車移動,ADL・IADLは自立.既往歴に右下肢の小児麻痺と慢性腎臓病,X−4年より外来透析へ週3回通院.自宅ではテレビを観て過ごし透析と買い物以外に外出の機会はなかった.買い物は220m先のコンビニを利用.食事は菓子パンやインスタント食品が中心.X年Y月Z日,左下肢の脱力感から体動困難となり当院へ救急搬送,左大腿筋肉内血腫の診断で入院.Z+6日よりPT,Z+37日よりOT開始.
【作業療法評価】FIM 89点(運動54点,認知35点).移動は車椅子で日中自立,夜間見守り.認知機能とコミュニケーションには問題なかった.人間作業モデルスクリーニングツール(以下,MOHOST)は62/96点で,「買い物は家に帰ったらできます」との発言から能力の評価に問題があると評価した.安静臥床による廃用から運動技能全般に低下があった.病棟では隠れて売店へ行き買い食いをする様子が見られた.
【経過】第Ⅰ期:4点杖歩行は20m,バギー歩行は50mで倦怠感の訴えが著明にあり動作練習に対して受け身的だった.「家に帰ったらなんでもできます」と発言され現状の能力でも入院前と同様の生活ができると認識されていた.配食サービスの提案に対しては「好きな物を食べたい」との強い希望と経済面を理由に拒否的だった.
第Ⅱ期:Z+105日,家屋評価を実施した.屋内移動では4点杖と伝い歩きの併用は安定性に欠け,初めての屋外バギー歩行は20mしかできなかった.歩いて買い物に行くことの周囲の反対に対してA氏は「なにがなんでも自分で行きます」と強い意志をあらわにした.私はA氏が自己能力の過信に気付いたと感じ,それでもなお買い物に行きたいという意志を持っていることから,運動量増加により動作レベルの改善が期待できると考えた.家屋評価後,レンタル用のバギーを持ち帰り,「コンビニまでの往復と店内移動分の距離(500m)を休憩しながら歩ける」を合意目標として設定した.移動や操作練習を繰り返し行い安全性を確認してから院内ADLをバギー自立へ変更し,自主練習ができる環境を整えた.「透析ない日は歩かんとね」と意欲的に取り組む様子が見られ,非透析日で600~700mまで歩行可能となった.Z+135日,自宅退院した.
【結果】MOHOSTは69/96点へ改善.能力の評価,選択,日課,運動技能の一部,物的資源が向上した.一部サービスは受け入れるも配食は希望されなかった.
【考察】藪脇によると価値観には気分レベル,思考レベル,信念レベルの3段階のレベルがあり,信念レベルに近づくほどその価値観を変容することは困難とされている.A氏の食に対する価値観は信念レベルに到達していると考えられ,家屋評価後に自己能力の過信に気付いても買い物に行きたいという想いは変わらなかった.A氏が過信に気付き意志のサイクルが変化したタイミングで,実際に使用するバギーでの移動や操作練習,具体的な目標を示した介入は,達成すれば買い物に行けるという見通しを与えた.この介入によりA氏が主体的に自主練習をするといった行動変容に繋がり,買い物という大切な作業の獲得に繋がったと考える.