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[ACC32-08] 氷期の気候変動を強く支配する要因について
キーワード:有機炭素量, 気候変動, 氷床, 日本海堆積物, ミランコビッチサイクル, ハインリッヒイベント
筆者は共同研究者や大学院生の協力を得て,日本の湖沼堆積物や日本海の堆積物に含まれる有機炭素量の変動を高時間分解能で測定してきた.また,堆積物中の有機炭素量変動が気候変動(特に気温)に支配された湖沼(海洋)内の生物生産性であることを花粉組成との比較などを通じて検証してきた.その結果,中緯度地域に当たる日本列島周辺でも,特に氷期においては,グリーンランドの氷床の酸素同位体比変動をきわめて良く一致する生物生産性変動が生じていたことが明らかになった.異なる湖沼間や日本海という環境の大きく異なる場においても共通して生じていることからみて,それは少なくても半球規模で生じている気候変動に支配されていると考えられる. もっとも有力な根拠は,日本海堆積物の有機炭素含有率(濃度)の経年的変動が,グリーンランド氷床の酸素同位体比の変動の変動と酷似することである(Urabe et al., 2013).特に氷期における一致は高く,間氷期にはずれがある.その点で以下の議論は氷期に限定したものと考えてほしい.まずグリーンランドの氷床の酸素同位体比は調査サイトと氷床を構成する雪(水蒸気)の起源海域との距離を反映しており,言い換えれば,グリーンランド氷床の面積を直接的に反映することになる.グリーンランド氷床を拡大させる要因はシベリアや北アメリカ北部の氷床をも拡大させ,北極域の氷床全体の拡大をもたらした可能性が高い.北極域における氷床面積の拡大は,北極の寒冷な気団の強化・拡大をもたらし,それは夏季にも冬季にも影響して,大気における南北循環の境界のひとつ(極前線)の平均的な位置を南下させる.極前線は日本付近においても南下し,日本列島周辺が寒冷な北極気団に支配される期間の増加や平均的な気温の低下をもたらす.それが日本の湖沼や日本海における生物生産性を支配したと考えると,Tada et al.(1999)が指摘したようにその同時性・同調性が説明できる.また,気温の上昇や低下が生物生産の増加(減少)をもたらすプロセスとしては,湖沼の場合には春季と秋季の全循環期の拡大(縮小)や,海洋では混合水塊の発達(弱体化)や季節風による吹送が原因となる湧昇の強化(弱体化)を通じた栄養塩供給の増加(減少)が推定できるが,まだ,その検証はまだ十分とは言えない. ミランコビッチ・サイクルに支配された夏季の太陽放射量の変動が氷期―間氷期サイクルを支配するという学説は,多くの研究者に受け入れられている.それは北半球の夏季に残される氷床量が地球全体の気候を支配するメカニズムがあることを意味している.例えば,氷床の拡大は反射能(アルベド)の増加をもたらし,一層の寒冷化に寄与するという正のフィードバック機能もよく知られている.一方,氷床が無限に拡大することはなく,ある程度の厚さの氷床となると,氷床底面における融解が不安定化をもたらし,大規模な氷床の崩壊がおき,多量の氷山となって流出する(ハインリッヒ・エベント).すなわち,氷床には自律的な増減のメカニズム(binge-purge model)があることになる.ミランコビッチの周期に加えて,このような短い周期での氷床量(面積)の自律的な変動があれば,D-Oサイクルのような短い周期の気候変動が説明できる.一方間氷期には,北極域の氷床量が減少するため,その増減が北極気団へ強く影響せず,全球レベルの気候変動に対して十分な影響力を持たなくなる.それが日本海資料の間氷期における一致性の弱さを説明することになる.氷期モードとの閾値は,MIS 5bの時期の氷床量程度と推定される.謝辞:本研究において科学研究費補助金(代表者 公文富士夫)とMH21プロジェクトの支援を受けた.