日本地球惑星科学連合2014年大会

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口頭発表

セッション記号 A (大気海洋・環境科学) » A-HW 水文・陸水・地下水学・水環境

[A-HW25_2AM1] 同位体水文学2014

2014年5月2日(金) 09:00 〜 10:45 414 (4F)

コンビーナ:*安原 正也(独立行政法人 産業技術総合研究所)、風早 康平(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、大沢 信二(京都大学大学院理学研究科附属地球熱学研究施設)、高橋 正明(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、鈴木 裕一(立正大学地球環境科学部)、風間 ふたば(山梨大学大学院医学工学総合研究部工学学域社会工学システム系)、浅井 和由(株式会社 地球科学研究所)、座長:安原 正也(独立行政法人 産業技術総合研究所)、森川 徳敏(産業技術総合研究所 地質情報研究部門)

09:15 〜 09:30

[AHW25-02] 年輪酸素同位体比による過去2千年間の本州中部における夏季降水量の年々変動の復元-歴史水文学への展開-

*中塚 武1佐野 雅規1許 晨曦1大石 恭平2坂本 稔3中尾 七重4横山 操5樋上 昇6光谷 拓実7 (1.総合地球環境学研究所、2.名古屋大学環境学研究科、3.国立歴史民俗博物館、4.武蔵大学、5.京都大学農学研究科、6.愛知県埋蔵文化財センター、7.奈良文化財研究所)

キーワード:過去2千年, 夏季降水量, 中部日本, 樹木年輪, 酸素同位体比

●はじめに ダムの建設や河川改修など、治水・利水の計画を立てていくためには、地球温暖化等に伴う将来の降水量の変動を的確に予測して行くことが必要である。一方で、降水量は人為的な影響がなくても、さまざまな時間スケールで自然変動するため、100年に一度、1000年に一度の大洪水の発生の可能性を、統計的に理解しておくことも重要である。近代的な気象・水文観測のデータは過去100年余りの長さしかなく、それ以前については古文書などが唯一の情報源であるが、古日記の天候記録から、降水量がある程度復元可能な江戸時代よりも以前の時代については、統計的な降水量変動の理解には、大きな制約があった。近年、日本や東南アジアなどの温暖湿潤地域において、樹木年輪のセルロース酸素同位体比が、当年の夏季降水量の変動を正確に記録していることが明らかとなり、アジアモンスーンの影響下にある各地で、長期に亘る降水量変動の年単位での復元が行われている。本研究では、中部地方と近畿地方から得られた、さまざまな時代の多数の木材年輪試料の酸素同位体比を元にして、過去2千年以上に亘る夏季降水量の年々変動を復元し、その歴史学的・水文学的意味について考察した。●年輪酸素同位体比による降水量復元の原理 セルロースは、樹木の葉内で光合成された糖類を元に作られるため、その酸素同位体比は、葉内水の酸素同位体比の変動を記録している。葉内水の酸素同位体比は、「降水の酸素同位体比」と「相対湿度」の線形結合で示されるが、降水同位体比とは正の相関、相対湿度とは気孔からの軽い酸素原子の水蒸気の優先的蒸散を介して負の相関がある。日本のような中・低緯度の湿潤地域では、降水量が少ない時には、降水の酸素同位体比は高くなり(雨量効果)、相対湿度は低くなるので、両因子を介して、葉内水の酸素同位体比は高くなる。つまり葉内水、更には年輪セルロースの酸素同位体比は、降水量と強い負の相関を持ち、過去数千年に亘って、光合成が生じた夏季の降水量の変動を記録している訳である。●降水量復元に用いた年輪試料と分析方法 樹木の樹齢は、一般に数百年以下であるため、過去2千年を越える信頼できる年輪酸素同位体比の時系列データを構築するためには、現生木だけでなく、古い建築物の用材や、遺跡からの発掘材、土砂崩れなどによる埋没木など、さまざまな時代の多様な木材からデータを集める必要がある。本研究では、長野、岐阜、愛知、滋賀、奈良などの酸素同位体比の変動パターンがよく一致する本州中央部の各地から、多数の檜試料を得て、年輪セルロースの酸素同位体比を測定し、酸素同位体時系列のパターンマッチングにより、それらのデータを相互に接続し、統計的にも信頼できる2千年を越える酸素同位体比の連続時系列データを得た。分析に際しては、木材から木口面に平行に厚さ1㎜の薄板を切り出し、板のままセルロース抽出に供して、セルロース繊維の集合体となった板から年層を1枚ずつ切り出して、熱分解元素分析計と同位体比質量分析計のオンライン装置を用いて、その酸素同位体比を測定した。●復元の信頼性と歴史水文学への応用 得られた年輪セルロースの酸素同位体比時系列は、近代の気象観測データや、近世の古日記から推定された梅雨期降水量、中世の洪水や干ばつの記録、古代の低地集落における竪穴住居数の変遷など、さまざまな降水量に関連した気象学的・歴史学的・考古学的記録とよく一致しており、セルロース酸素同位体比が、過去の夏季降水量変動の記録として、時代を越えて有効であることが明らかになった。一方で、残念ながら檜には、その生育期間中、年輪酸素同位体比が、平均的に低下し続けるという樹齢効果が認められ、その補正を行った結果、200年以下の変動周期のデータは得られても、数百年以上の長周期の変動を、ヒノキの酸素同位体比を使って議論することは難しいことも分った。復元された夏季降水量の変動を、古文書に書かれている近畿各地における河川の洪水記録等と比較してみると、平安時代には、鴨川や桂川の洪水発生頻度と年輪酸素同位体比の関係が10年スケールで良く合致するのに対して、江戸時代になると、木津川では良く合致する反面、集水域が狭く開発の進んだ鴨川では一致が見られず、上流の琵琶湖の影響を受ける宇治川ではその中間の傾向があるなど、人為的な治水や利水への取り組み、或いは集水域での森林伐採などが、降水量と洪水の因果関係に深く影響していることが見て取れた。今後、日本各地の過去数千年に亘る降水量の変動を年単位で詳しく復元していくことで、その変動の周期性を詳しく解析できると共に、洪水や干ばつへの人間社会の応答について、歴史学的・考古学的な詳細な解析が可能になって行くものと思われる。