日本地球惑星科学連合2014年大会

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口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT24_29AM1] 化学合成生態系の進化をめぐって

2014年4月29日(火) 09:15 〜 10:45 213 (2F)

コンビーナ:*ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域自然システム学系)、渡部 裕美(海洋研究開発機構)、延原 尊美(静岡大学教育学部理科教育講座地学教室)、間嶋 隆一(国立大学法人横浜国立大学教育人間科学部)、座長:ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域自然システム学系)、渡部 裕美(海洋研究開発機構)

10:15 〜 10:30

[BPT24-05] 首長竜類遺骸に成立する化学合成生態系 ―共産化石,生物浸食の分布に着目して―

*森谷 和浩1ジェンキンズ ロバート2Kaim Andrzej3小林 快次4越前谷 宏紀4 (1.金沢大学大学院自然科学研究科自然システム学専攻、2.金沢大学理工研究域自然システム学系、3.American Museum of Natural History; Instytut Paleobiologii PAN、4.北海道大学総合博物館)

キーワード:竜骨群集, 首長竜, 空間分布, 穿孔痕, 化学合成腹足類, 分布の「飛び石」

はじめに化学合成生態系はメタン湧水や熱水噴出孔など点在する環境に成立するが,どのようにたどり着くのだろうか.ここで重要なのが,鯨骨群集と呼ばれる鯨類などの大型脊椎動物の遺骸がつくる生態系である.海底に沈んだ鯨類遺骸の腐敗過程で生じる硫化水素を基にしてメタン湧水や熱水噴出孔と類似の生態系が形成される.この生態系は鯨骨群集と呼ばれ,点在する湧水・熱水への生物分布の「飛び石」として機能すると考えられている(Smith et al. 1989).この事象を検証する上でも地質時代の大型脊椎動物遺骸に成立する生態系の変遷が重要である.ところが,地質時代の大型脊椎動物遺骸に成立する生態系の詳細な復元がこれまで行われてこなかった.本研究では,化学合成生態系が成立していた中生代白亜紀の首長竜遺骸(Kaim et al., 2008a)を対象に, 1) 首長竜遺骸に共産する化石の詳細な分類を行い,周囲の湧水生態系から産出する化石と比較し,首長竜遺骸が化学合成動物の分布の「飛び石」として機能していたかを明らかにし,2) 骨,微生物,共産大型生物の空間分布を明らかにして首長竜遺骸に成立する生態系を復元した.対象の標本と研究手法・本研究ではKaim et al. (2008a)によって報告された首長竜化石(北海道大学総合博物館収蔵UHR33109;北海道羽幌町白地畝沢沿いの上部白亜系チューロニアン階~コニアシアン階から産出)を使用した.関節した椎骨,肋骨,腹肋骨,左腸骨から成る.・産地周辺の地質調査を実施し,産出層の堆積環境を調べた.標本の外表面観察,X線CT撮影像の観察を行い,層理面の推定や大型化石の分布,骨表面の保存状態を調べた.外表面の観察終了後,層理面に垂直に,また,複数の骨部位,異なる骨表面の保存状態を含むようにダイヤモンドワイヤーソーで切断し,研磨した.切断面は実体顕微鏡と偏光顕微鏡(反射),走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し,生物活動に伴う穿孔痕などを記載した. ・共産化石を剖出し,実体顕微鏡やSEMによる観察を行い,可能な限り詳細に分類した.産出化石を北海道各地の白亜紀メタン湧水産の化石(Kaim et al., 2008b; Kaim et al., 2009)と比較した.・以上の情報を統合して首長竜遺骸に成立する化学合成生態系の復元と地理的分布への寄与の有無を検討した. 結果【骨表面の保存状態】元の表面組織が残っている箇所,骨表面が破壊され内部組織が露出している箇所,その中間の3段階に分けて記載した結果,上部の骨表面はほとんど破壊されていたのに対し,下部ではほぼ元の表面組織が保存されていた.断面においても,上部の骨ほど海綿骨がより露出していた.【共産化石】共産化石の81%はAbyssochrysoid超科の化学合成腹足類(巻貝)であった.この巻貝の分類を詳細に検討した結果2科3属が含まれることが明らかになった.共産化石は上部に多く分布していた. 【骨表面の穿孔痕】骨の表面には数10 μmから数 mmの大型穿孔痕と最大直径約8 μm以下でフィラメント状の微小穿孔痕が見られた.大型穿孔痕は次の3タイプに区分できた.タイプA:開口部をもたないか開口部が小さいような中に空間のある穴,タイプB:開口部の大きな穴,タイプC:直径50 μmでトンネル状の穴.大型穿孔痕は骨上部に密集していた.また微小穿孔痕を,密集部の厚さに応じて0.1 mm以上,0.1 mm未満で区分したところ,骨上部ほど微少穿孔痕の密集部が厚かった. 微小穿孔痕付近にはパイライトが存在していた.考察首長竜遺骸から産出した化学合成巻貝の3属はすべて白亜紀メタン湧水から産出していた.つまり,首長竜遺骸が分布の「飛び石」として機能していた可能性が高い.微小穿孔痕は,そのサイズと形態,硫化水素の存在を示すパイライトが穿孔痕近傍にあったことなどから硫黄酸化細菌が形成者だったと推定した.大型穿孔痕のうち,開口部の小さな穿孔痕(タイプA)は鯨骨内の有機物を摂取するホネクイハナムシと同様の生活様式を持つ生物の痕跡だと考えられる.Abyssochrysoid超科の化学合成巻貝はバクテリアマットを摂食することが知られている.これらの情報を統合すると,骨には硫黄酸化細菌が繁茂し,それをAbyssochrysoid超科巻貝が接触し,同時にホネクイハナムシ状の生物が骨内有機物を摂取するため穿孔痕を作っていたという生態系像が描ける.また,上部に微少・大型穿孔痕や化学合成腹足類が多く分布していたことは,上部ほど埋没までに要する時間が長く,その時間の積分効果で説明できる.まとめ・白亜紀では首長竜遺骸が化学合成動物の分布の「飛び石」として機能していたことを明らかにした.・骨,微生物,共産大型生物の空間分布を明らかにして首長竜遺骸に成立する生態系を復元することができた.