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[HQR23-01] 八幡平火山群の大規模地すべり地における湿地の特徴と発達過程
キーワード:湿地, 地すべり, 発達過程, 八幡平
日本の山岳地域には,広く湿地が分布しており,景観の美しさや生物相の特異性から保護・保全の対象となることが多い.湿地の環境応答性や発達過程などを知るには,周囲の気候・水文環境だけでなく地形を含んだ総合的な理解が必要であり,環境保全の立場からも湿地の地形学的な理解が求められている.日本のような湿潤変動帯では地すべりが山地解体の主要な要素となっており,近年では,地すべり地が創り出す景観および生物の多様性にも注目が集まっている(Geertsema et al.,2007).地すべり地の景観を特徴づける代表的な要素の一つとして湿地が挙げられる.そこで,本研究では,様々な成因の湿地が混在し,多様な規模の地すべりによって山地が解体されつつある八幡平火山群を研究対象地として,地すべり地内の湿地の特徴と発達過程を明らかにすることを目的とする.「湿地」は水分が豊富な様々な地表状態を指す言葉である.本研究では,湿地として湿原(湿性草原)と池沼を対象とする.調査対象地域に選定した八幡平火山群は,主に100万~20万年前に形成された玄武岩から安山岩質の複数の成層火山で構成され,気候は多雪な日本海側気候に分類される.地すべり地形は大規模で土塊の分化が進んだ複雑なものから比較的規模の小さなものまで多様ある.大規模な土塊内には湿地が見られることが多い.本研究では,リモートセンシング画像および数値標高モデル(DEM)を用いて,八幡平火山群内の湿地すべてを対象に分布および湿地の特徴を調査し,地形との関係を明らかにした.さらに,代表的な地すべり地内外の湿地を掘削し,14C年代測定,テフラ同定,炭素含有量測定,粒度分析を実施して,湿地の発達過程を明らかにした.八幡平火山群内の599の湿地のうち,地すべり地に存在するものは185(個数割合33.2%)で,全湿地面積に対する割合は63.7 %であった.地すべり地外の湿地は,主に,奥羽山脈の主稜線沿いの火山原面に立地しており,八幡平火山の噴火口にも見られた.主稜線沿いの小規模な湿地の多くは,最も遅くまで積雪の残る浅い凹地形中心部に形成された天水涵養性の湿原(雪田)であった.一方で,地すべり地内の湿地は地すべり地内全体に分布し,地すべり地の上部では滑落崖の下方に滑落崖と平行で大規模な凹地が,下部の堆積域では小規模な凹地が形成されて水域のある湿地が形成される傾向にあった.これは,斜面変動によって生じた深い凹地が豊富な湧水で涵養されているために水域が維持されやすいと考えられる.地すべり地内に立地する大谷地の堆積物(堆積環境)層序は下位から順に,黒泥層・有機質土層,砂礫層,粘土・シルト層,泥炭層であった.一般的に,安定した環境下での陸化型の湿地は,埋積と乾燥化によって池から湿原を経て森林へ遷移すると考えられる.しかし,大谷地の場合,湿原から森林へ遷移する途上のBC4000~3500年頃に,地すべり活動に伴い閉塞凹地が生じて,遷移の前段階となる池に戻った.その後,周囲斜面は安定し,埋積と土塊の侵食に伴う排水によりBC1400年頃に湿原化したと考えられる.地すべり地外に立地する奥の牧湿原では,地表面への雪食作用が中世温暖期に向けて弱まり,雪食凹地内の消雪時期が早期化することで,植物の生育条件が改善されて湿原が形成されたと推測できる.地すべり変動を受けない場においては,湿地の消長は広域的な気候変動の影響を第一義的に受けると考えられることから,湿地の発達段階に同時性が認められる可能性がある.他方,地すべり地内では,地すべり活動による地形改変,その後の土塊の侵食が湿地の発達段階をコントロールしていることが推定できた.引用文献Geertsema et al. (2007): Influence of landslides on biophysical diversity -A perspective from British Columbia. Geomorphology 89, 55-69.