日本地球惑星科学連合2014年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS30_28AM2] 古気候・古海洋変動

2014年4月28日(月) 11:00 〜 12:45 501 (5F)

コンビーナ:*山田 和芳(早稲田大学人間科学学術院)、池原 実(高知大学海洋コア総合研究センター)、入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、北場 育子(神戸大学内海域環境教育研究センター)、北村 晃寿(静岡大学理学部地球科学教室)、佐野 雅規(総合地球環境学研究所)、多田 隆治(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、吉森 正和(東京大学大気海洋研究所)、座長:佐野 雅規(総合地球環境学研究所)

11:30 〜 12:00

[MIS30-09] 木材年輪セルロースの酸素同位体比を用いた新しい高精度年代測定法

*中塚 武1佐野 雅規1許 晨曦1木村 勝彦2 (1.総合地球環境学研究所、2.福島大学)

キーワード:樹木年輪, セルロース, 酸素同位体比, 年輪年代法

●はじめに 年輪幅の変動パターンを、年代既知の木材と年代未知の木材の間でマッチングすることによる年輪年代法は、地層や遺跡、古建築などから得られる木材の年代を年単位で決定できる極めて精度の高い年代測定法である。年代の決定には、信頼できる年輪幅の標準変動曲線(マスタークロノロジー)が地域毎・樹種毎に作成される必要があるが、北欧やニュージーランドでは現生木と埋没木のデータをつなぎ合せて、Holocene全体をカバーする年輪幅の標準変動曲線が確立している。年輪には年輪幅以外にも、年代決定に利用できる指標が含まれているが、その一つがセルロースの酸素同位体比である。本講演では、年輪セルロース酸素同位体比を用いた新しい年輪年代法の特長と現在の到達点及び、その発展に向けた課題について、詳しく紹介する。●酸素同位体比年輪年代法の原理と特長年輪セルロースの酸素同位体比は、降水の同位体比と相対湿度と言う2つの気象因子によって物理化学的に規定され、その経年変動パターンは、年輪幅とは違って生理生態学的な影響を受けにくいことが特徴である。それ故、第一に個体間での変動の相関が高く、年代決定の成功率も高くなる。第二に同じ地域で同じ時期に成長した樹木個体であれば、異なる樹種でも同じ変動パターンを示すので、年輪数の多いスギやヒノキから得られた酸素同位体比の標準変動曲線が、他のあらゆる樹種の木材の年代決定に利用可能である。そのため、現在、過去数千年間のLate Holocene全体を対象に、急速に日本各地で酸素同位体比クロノロジーが構築されつつある。年輪酸素同位体比クロノロジーは、考古遺跡や古建築、洪水堆積物等々から得られる、さまざまな木材の年単位での年代決定に用いられつつあり、文理双方の多くの研究分野に精度の高い新しい年代軸を供給し始めている。●酸素同位体比年輪年代法の成立の経緯 酸素同位体比年輪年代法が、急速に現実化してきた背景には、2つの分析化学上の進歩があった。1つは、熱分解元素分析計と同位体比質量分析計のオンライン装置の登場(2000年)、もう1つは、セルロースを迅速に木材から抽出する板ごと抽出法の開発(2010年)である。木材のような有機物に含まれる酸素は、ガス化する際に酸化剤の酸素の混入が避けられないため、その同位体比を測定することは至難の業であったが、1400℃の高温炉を用いて無酸素雰囲気下で有機物をCOに熱分解し、それをオンラインで同位体比質量分析計に送り込む装置が開発されたことで、樹木年輪のような莫大な数の試料の酸素同位体比の分析が可能になった。一方で年輪からのセルロースの抽出も、その数の多さゆえに大変時間のかかる作業であったが、演者らの研究室で、木材を厚さ1㎜の薄板にして板のまま化学処理を行い、セルロースだけとなった薄板から年輪を切り取る「板ごと抽出法」を開発した結果、いよいよ酸素同位体比年輪年代法を現実化する準備が整った。●酸素同位体比年輪年代法の課題と展望 年輪幅の測定に比べると遥かに手間はかかるが、年輪セルロース酸素同位体比の分析が迅速化した結果、膨大な数の木材試料のデータが続々と出てくるようになり、さまざまな知見が積み重ねられつつある。その中では、新しい年代データが新しい学問の進歩を促す、多くの成功例もあるが、さまざまな課題も見えてきている。ここでは、その課題のいくつかを紹介し、今後の方向性について議論したい。【樹種の違い】年輪酸素同位体比は、樹種の違いを越えて対比できることが特長であり、特に針葉樹同士や針葉樹と落葉広葉樹の間の相関は高い。しかし常緑広葉樹とは未だ十分な対比が出来ておらず、光合成期間の違いなどが影響している可能性がある。現生木の網羅的分析により、樹種毎の特性の違いを明らかにしていく必要がある。【広域の相関】酸素同位体比のマスタークロノロジーは、気候条件の異なる地域毎に構築する必要があるが、本州南部から中国・四国・九州では、梅雨前線活動の変動を反映して、広域にクロノロジーは良く一致する。しかし、冬季の積雪の影響を受ける日本海側では、湧水の影響を受ける湿地帯などと共に、その変動パターンは個体毎に複雑になる可能性があり、現生木による年輪酸素同位体比の空間分布に関する詳細な研究が必要である。【分析の手法】セルロースの「板ごと抽出法」は、酸素同位体比年輪年代法を一気に現実化させた手法であるが、遺跡や地層から発掘される埋没木の中には、セルロース繊維が分解もしくは切断されていて、板ごと抽出の結果、年層が判定不能になるケースも多い。実際には従来のように、切り出した年層から1つ1つセルロースを抽出することで問題が解決する試料も多いので、更なる分析法の効率化が必要である。