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[MIS31-09] 統合評価モデルの構造と気候モデルとの連携
キーワード:統合評価モデル, 気候モデル
統合評価モデル(Integrated Assessment Model, 以下IAM)は,気候変動対策を分析するツールとして開発されてきた.1980年代におけるEdmonds-Reillyモデルは,温暖化とエネルギー起源CO2の関係を明示的に分析し,気候変動とエネルギー問題の関連の重要性を指摘した先駆例として知られている.1990年代以降は,気候変動に伴う地球環境間題に対する対策を検討するため,気候変動,エネルギーシステム,土地利用等の学際的な知見を評価するためのモデル開発が積極的に進められた.それらのモデルのキーワードは,「学際性」,「大規模化」,「超長期化」,「スケール統合」にある.このような時間,空間および学際領域に対して広範な評価を必要とするモデルは,その扱う分野も幅広いことから,「統合評価モデル」と呼ばれるようになった.過去の気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)第3作業部会評価報告書でも,京都議定書の経済影響,CO2以外の温室効果ガス削減を含めたマルチガス削減の効果など,モデルの相互比較による評価結果の紹介が行われている.一例を挙げれば,筆者らが開発を進めているGRAPEモデルは,エネルギー,気候,農業・土地利用,マクロ経済および環境影響の5つのモジュールから構成される統合評価モデルであり,各モジュール間では,温室効果ガス排出量,各種のコストおよび貿易量などを共有している.世界を15地域に区分するとともに,超長期にわたる気候変動のダイナミックスを考慮し,モデル終端年は2100年に設定している.モデルは一人あたり消費の関数である効用に対して,地域総和,および割引率を考慮した時点総和をとった値を目的関数とし,その最大化を行う非線形最適化モデルである.2.気候モデルとの連携 統合評価モデルに用いられている気候モデルには,連携方法によって様々な形式があり,ハードリンク型とソフトリンク型に大別できる.統合評価モデルの嚆矢であるW. NordhausのDICEモデルは,すべての変数や方程式をモデル内に含める前者のタイプであり,数層の海洋と大気1層を仮定した全球1次元鉛直モデルである.CO2以外の放射強制力は外生的に与えられ,CO2濃度や大気温度が求められ,温度上昇がマクロ経済に負の影響を与えるフィードバックが表現されている.詳細気候モデルを統合評価モデルそのものに取り込むことは,かなり難易度が高い.不等式を含む多数の制約式があり,気候システム自体の非線形性を有するなかで,システム全体の変数を同時決定する最適化モデルについては,モデル自体が大規模化しているためである.GRAPEモデルでは,全球の炭素循環とエネルギーバランスを超長期的に評価するため,大気・海洋(40層)・陸域(6ボックス)の間の炭素循環,および大気,海洋の間のエネルギー交換を物理的に解く1次元モデルを,IPCC第3次報告書に掲載された簡易気候モデルISAMを参考に整備し,エネルギー,土地利用,マクロ経済のモジュールとハードカップリングして,動学的に諸変数を同時決定する拡張を加えている.さらに近年では,地球システムモデルそのものと統合評価モデルをリンクし,世界地域(場合によってはメッシュレベル)での気候変動影響評価や,冷暖房エネルギー消費量などとの相互作用を分析する試みが活発になっており,気候に関する情報がますます活用されるようになっていくだろう.3.今後の課題とまとめ 温室効果ガスの排出削減が進まない中で,気候変動影響を低減する,適応策の重要性が高まっている.気候変動に対する脆弱性は世界各地域の経済発展段階によって大きく異なるので,先進地域は,既に気候変動にある程度適応しているとも考えられ,通常のインフラ投資と適応のための投資を厳密に区分することは難しい.また,気候変動影響の経済評価は,適応策のレベルを決定する上で重要な情報であるが,不確実性が大きく,評価例が不足している途上地域も多い さらに,IPCC 第1作業部会第5次報告書では,太陽放射管理(SRM)とCO2除去(CDR)に関するジオエンジニアリングの記述が含まれた.「ネガティブ・エミッション」を実現して,低排出シナリオを可能とするためには,バイオマスCCSなどのCO2除去が必須の手段になる可能性もある.両者はいずれも気候に直接介入するものであり,効果や副作用を検討するためには,気候モデルの活用が不可欠となっている. このように,当初からその連携が不可欠であった統合評価モデルと気候モデルは,お互いの不確実性を有しながらも,その関係がますます密接なものになっていくだろう.