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[PEM09-33] 気候変動の準20年周期成分に起きる400年毎の振幅拡大-中部日本の夏季降水量の場合
キーワード:樹木年輪, 酸素同位体, 20年周期変動, 降水量
●はじめに年単位の古気候データを解析してみると、約20年の周期をもつ変動が、あらゆる時代に普遍的に見られる。20年の周期性には、大気海洋相互作用などの気候の内部振動も関係していると考えられるが、一方で、気候の外力にも、月の公転軌道の変化など、準20年の周期性をもつものが多く、太陽活動の変動は、その典型である。こうした気候の数十年周期変動の振幅は、しばしば非常に大きくなり、歴史上、数々の異常気象を引き起こし、飢饉や戦乱、体制の崩壊など、人間社会に大きな影響を与えてきた。このような自然の気候変動の振幅変調が、なぜ起きるのか。そのメカニズムを理解し、将来の振幅拡大を事前に予測できるようになれば、気候変動への社会の適応可能性を向上させていく上で、地球温暖化予測研究とは別の意味で、過去の気候から未来の気候変動を予測する研究が、重要性を増していくものと思われる。本講演では、樹木年輪の酸素同位体比を用いて過去2千年以上に亘って年単位で復元された、中部日本の夏季降水量の時系列データに基づいて、気候の準20年周期変動の成分が、ほぼ正確に400年に一度、振幅拡大を引き起こし、それが洪水や干ばつ等の自然災害の頻発を介して、歴史上の日本社会の体制変化につながった可能性を示すと共に、振幅変調のメカニズムの解明に向けて、年輪セルロースの各種同位体比のデータを用いて、振幅拡大時の気候学的様相を議論する。●年輪酸素同位体比を用いた夏季降水量の復元 最近まで日本では、降水量の経年変動は、古日記の天候記録が得られる江戸時代以降についてだけ議論されてきたが、近年、樹木年輪セルロースの酸素同位体比を用いて、過去の夏季降水量の変動を復元する研究が、日本を含むアジアモンスーン地域で広く行われるようになってきた。セルロースの酸素同位体比は、その原料となる糖類が作られた光合成の際の葉内水の酸素同位体比を反映するが、それは降水の酸素同位体比と相対湿度を介して、降水量と顕著な負の相関を示すことが知られている。一般に、樹木は数百年以下の寿命しか持たないが、日本では古い建築物の材木、遺跡からの出土木製品、土砂崩れに巻き込まれた埋没木など、さまざまな時代から多数の木材試料を取得することが可能であり、それらの木材の年輪セルロース酸素同位体比のデータを組み合わせて、中部日本における夏季降水量の変動が、年単位で過去2千年以上に亘って復元された。●400年に一度起きる準20年周期変動の振幅拡大 年輪セルロース酸素同位体比の時系列データを、ウェーブレット解析に掛けると、約400年に一度、即ち、2世紀、6世紀、10世紀、14世紀、18世紀に、20-50年の数十年周期(特に、準20年周期)変動の振幅が拡大(長期に亘る洪水や干ばつが発生)したことが分る。2,6,14世紀は弥生、古墳時代の終焉期、及び中世の動乱期(鎌倉時代の末期から南北朝期)に対応し、10,18世紀も、平安時代中期の律令制度の崩壊や、江戸時代における大飢饉の発生など、社会変化が生じた時代である。その歴史的な因果関係については、別途研究を進めるとして、本講演では、その気候学的メカニズムについて、考察したい。400年に一度起きる準20年周期変動の振幅拡大は、突然の酸素同位体比の低下(降水量の増大)で始まるが、多くの場合、それに炭素安定同位体比の増大と14C濃度の低下が伴っている。現時点で、これら全ての要素の変化を統一的に解明できるメカニズムとしては、低緯度地域からの大規模な空気塊の移流、即ち夏季モンスーンの突然の活発化が考えられる。特に14世紀には、この変動に対応した急激な温暖化が、アジアを含む南北両半球の中・低緯度地域で起きたことが分っており、夏季モンスーンの変動によるものであることが例証される。準20年周期変動の振幅拡大が、太陽活動の800年周期変動の極大・極小期における振幅拡大などに対応しているとしたら、今後、その間をつなぐ天文学的、気候学的なメカニズムを詳細に明らかにして行く必要があるであろう。