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[PPS23-04] 月地殻表層の水平短縮量
キーワード:テクトニクス, リンクル・リッジ, グラーベン, バランス断面
月の起源や熱史を制約するために,mare ridge(以下,リッジ)やlobate scarpなどの地質構造が利用されている.その際,弾性係数などから強度を推定し,それを超える応力が発生したという議論がなされるのが普通である.しかし,既存断裂やメガレゴリス層の存在のため,マクロスケールの表層物質の強度の推定は難しい.地質構造から歪み量を評価する方が直接的だが,SELENEなど近年のデータでそれが可能になってきた.これまでにも歪み量の見積もりはあるが,まったく不確かである.インブリア紀以降の全球冷却で月の半径が約1km減少したとされるが,それは根拠の薄弱なMacDonald (1960)の議論に依拠する.Apollo時代の地形データにもとづいて,リッジが褶曲構造であるとの仮定のもとに,Bryan (1973)は1つのリッジ形成による水平短縮を0.5%とした.これがリッジによる短縮量を代表しているとするなら,月の半径の減少量はやはり1km程度である.本研では,雨の海北西部および虹の入り江の地質構造を,SELENEのLISMデータおよびLROC画像で精査した.地下におけるリッジの実態は断層関連褶曲(fault related fold)であろうが,その逆断層が月面を破る場合と破らない場合がある.前者なら,逆断層の変位量と傾斜角から水平短縮量が見積もられる.後者なら,海の玄武岩は水平に堆積したと仮定し,リッジ群を横切る測線での地形断面の長さと現在の水平距離を比較することで,短縮量を見積もることができる.前者の例は,雨の海北部のリッジで見つかった.そこでは,500m規模の水平短縮がある.ところが,その他のリッジでは,月面を断層が破っているにせよ,断層による短縮量は観測にかからないくらい小さかった.また,断層ではなく褶曲による短縮量をTCからつくられたDTMで検討した結果,リッジ群の形成によるこの地域の地殻短縮量は,Rryanの見積もりよりずっと小さく,0.001%の桁に過ぎないことが分かった.この小ささは,見積もり自体の正しさよりむしろ,DTMの精度では捉えられないほど短縮量が小さいことを意味する.LROC画像でこの地域のリッジ群を精査したが,クレータがリッジを形成したと思しき逆断層で切られる例は散見されるものの,逆断層による目立った短縮を示すクレータは見られなかった.上述の500m短縮を起こしたリッジでも同様である.このことは,約30億年前の玄武岩堆積直後,溶岩平原にまだクレータがあまりできないうちに500m短縮が完了しことを意味する.嵩ほか(当セッションの発表)により,この地域の主要なリッジの少なくとも一部は10億年以上の長期にわたって成長してきたことが分かったが,その間の短縮量としては非常に小さかったといえる.この地域で今回LROC画像により,エラトステネス紀末~コペルニクス紀のグラーベンを発見した.これらのことは,そのように最近になるまで,この地域が水平伸長と水平短縮の境界的な状況にあったことを示唆する.これは,30数億年まえから月の表層はずっと水平短縮で,月の半径は1km程度短縮したという,普及している描像に反する結果である.