日本地球惑星科学連合2014年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS34_29AM1] 活断層と古地震

2014年4月29日(火) 09:00 〜 10:48 502 (5F)

コンビーナ:*吾妻 崇(独立行政法人産業技術総合研究所)、杉戸 信彦(法政大学人間環境学部)、藤内 智士(高知大学理学部応用理学科)、吉岡 敏和(独立行政法人産業技術総合研究所活断層・地震研究センター)、座長:小松原 琢(独立行政法人産業技術総合研究所)、杉戸 信彦(法政大学人間環境学部)

09:45 〜 10:00

[SSS34-04] 三浦半島南部の沖積谷底に分布する海成段丘から推定する関東地震の隆起

*金 幸隆1萬年 一剛1捧 一夫2熊木 洋太3松島 義章4 (1.神奈川県温泉地学研究所、2.パスコ、3.専修大学、4.神奈川県立生命の星・地球博物館)

キーワード:関東地震, 古地震履歴, 沖積谷底, 微地形, 潮間帯堆積鵜物, 三浦半島

関東地震の震源域では,隆起海岸が発達しており、関東地震の履歴について研究がなされている。その研究の多くは、主として房総半島を対象としており、同じように重要な三浦半島では、関東地震の履歴と上下変動量の情報は1703年および1923年の2つの地震に限られている。古地震の発生履歴を解明するためには、堆積物を調べる必要がある。三浦半島では更新世海成段丘を開析する沖積谷の中に、完新世の海成・河成の堆積層が分布し、その堆積面が隆起・陸化して形成された海成段丘が分布する。こうした堆積物を伴う段丘は、古地震の年代および上下変動量を解明する上で重要であると判断される。本研究は、半島南部の毘沙門湾沿いの沖積谷の中に分布する段丘を分類し、ボーリング調査を行った。堆積物の分析から、段丘の形成過程を解読し、古地震との関係について検討する。その結果、以下のことが明らかとなった。1.1946年米軍撮影の縮尺4万分の1の空中写真の判読と1921年測量の縮尺1/25,000の地形図の読図より、海成段丘および河成段丘を詳細に分類した。平均潮位から海抜10 mまでの間に、海成段丘が7段分布している。ここでは、段丘面を低位より高位の順にL1面からL7面とよぶ。2.段丘面は海岸線にほぼ平行に分布するほか、おぼれ谷状に内陸に入り込む形態を呈し、おぼれ谷を埋めた海成・河成の堆積面が陸化したものであり、また、その堆積面と連続する岩石海岸の侵食面からなると判読した。段丘の成因について、1946年の海岸線は、現在の海岸線とほぼ同じ位置に分布しているが、1921年の地形図に描かれた海岸線は内陸側に最大約20 mほど前進している。1923年の関東地震の隆起によって、毘沙門湾の海底が陸化し、L1面が形成され、海岸線が海退したものと判断する。なお1921年の地形図の海岸線の位置は、1946年の写真でも判読されたL1面とL2面の境界線にほぼ一致している。3.開発が進み、沖積谷の中は耕作土が埋められている。そこで、毘沙門湾の西奥に分布する沖積谷とその支谷で、深さ2~5 mのボーリング調査を9地点で実施した(4地点については、2ヶ月前に掘削したばかりである)。その結果、耕作土は厚さ1~2 mあり、その下からウミニナBatillaria multiformis、真牡蠣Crassostrea gigasなどの貝化石を含む砂礫層や有機質の砂泥層が堆積している。こうした潮間帯の貝化石のほか、木片や貝殻片が含まれ、泥の量も多いことから、これらの貝片砂礫層・貝片砂泥層は毘沙門湾の入り江の湾奥に堆積した干潟の堆積物であると判断する。川の流出口付近とそこから180 m上流のL1面および支谷のL3面の掘削調査では、干潟層の上に河成の砂礫層が堆積している。こうした段丘堆積物は、現在の干潟の堆積物の層相によく似ている。4.海成層の堆積面から、L1面はM.S.L.+0.8 m~1.3 m、L2面はM.S.L.+1.5 m~2.1 m、L3面はM.S.L.+3.7 mに分布する。これらの段丘面が地震性隆起によって生じたものであれば、これらの段丘面の高度はおよそ関東地震の隆起量と地震間の沈降量の累積合算値を示す。5.半島南部の毘沙門湾の入り江に面した沖積谷は、堆積段丘面の分類の模式地である。湾の最奥部の高度7~10 mでは、海成砂層中の貝殻と海成砂層を覆う泥炭層の年代測定から3100年前頃に形成された段丘面が分布する[熊木、1981]。この面は、L6面に対比される。国土地理院地理調査部(1981)は、同面よりも下位に4段の段丘が分布するとしている。段丘面の標高は、2.1 m、3.9 m、5.5 mおよび6.2~6.4 mである。この研究は、標高2.1 m以下の段丘が、毘沙門地域の最低位にある段丘面であり、1923年大正関東地震で隆起・陸化したものであると解釈し、関東地震の発生間隔を平均700~800年と見積もっている。しかし本研究は、上述のとおり、2.1 m面をL1とL2の2段に区分した。陸地測量部(1926)の三等三角点の改測に基づくと、毘沙門湾の周辺の隆起量は約1.2~1.3 mであるため、標高2.1 mの段丘面が1923年の地震で段化・陸化したのではなく、1923年のひとつ前の地震で陸化した可能もある。またL1面およびL2面の堆積面の高度は、岩礁に付着するカンザシゴカイの化石の高度から推定された1923年と1703年の隆起量[西畑・他1988;宍倉・越後、2001]とも、ほぼ一致する。