16:30 〜 16:45
[SVC51-08] 十勝岳周辺の温泉の地球化学的特徴と火山活動に伴う変化
キーワード:十勝岳, 温泉, 化学成分, 噴火予測
北海道の中央部に位置する十勝岳は、20世紀以降、1926年、1962年、および1988-89年にマグマ噴火を起こしている。2010年以降、十勝岳では山頂火口域での地震活動や熱活動の活発化が認められ、将来のマグマ噴火が懸念されている。地質研究所では、十勝岳の火山活動状況を把握するため、1986年から周辺の温泉の観測を継続している。1988-89年噴火の前後には、温泉成分や泉温が大きく変化したことが観測されている(村山ほか,1991)。したがって、これらの温泉の成因と火山活動との関係を明らかにすることは、今後の噴火活動を予測する上で重要である。山頂火口群から約2km南西のヌッカクシ火口(安政火口)内と、その下流域の溶岩流の末端には複数の温泉が自然湧出している。これら自然湧出の温泉はpHが低く、3.2以下を示す。1986年の時点では、これらの温泉中の陰イオン成分は、硫酸イオンに富み、塩化物イオンに乏しかった。また、ヌッカクシ火口からの距離が離れるにしたがって、陰イオン濃度が低くなる傾向がある。これらの特徴をもとにすると、ヌッカクシ火口域での噴気・熱水活動を起源とする硫酸イオンに富む熱水(Sタイプ)が、地下浅部を流動する間に周囲の地下水(GWタイプ)と混ざり、溶岩流の末端で温泉として湧出していると考えられる。一方、本研究で対象とした温泉のうち最下流に位置する吹上温泉地域(標高1,000m)の温泉では、1986年の観測開始直後から塩化物イオンやナトリウムイオンの濃度が急激に上昇した。これらの成分濃度の上昇は、1988-89年噴火を挟んで1992年頃まで続き、それ以降は減少に転じた。成分の変化に伴って、泉温も1988-89年噴火を挟んで20℃以上上昇した。このような成分と泉温の上昇は、火山活動の活発化に伴って、NaCl成分に富む高温の熱水(NaClタイプ)が浅部帯水層に混入したために生じたと考えられる。このような温泉の変化は、吹上温泉地域よりも上流の翁温泉(標高1,060m)では認められないことから、NaClタイプ熱水の混入は翁温泉よりも下流で起こっていると推測できる。以上のように、この地域の温泉は3つの端成分(Sタイプ、NaClタイプ、GWタイプ)の混合によって形成されている。NaClタイプ熱水の影響は吹上温泉地域でのみ認められ、その混入量は火山活動の変化に伴って変化する。最近では、2010年以降の火山活動の活発化に伴って、2012年頃から吹上温泉地域の温泉で塩化物イオンやナトリウムイオン濃度が再び上昇している。しかし、その濃度は1988-89年噴火前と比較すると低く、酸素・水素同位体比の値にも大きな変化は認められない。したがって、NaClタイプ熱水の混入量はまだ小さいと言えるが、十勝岳の火山活動状況を把握するため、今後も注意深く温泉観測を続ける必要がある。