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★ [U03-02] 物理系学術誌におけるオープンアクセス、歴史と現在
キーワード:オープンアクセス学術誌, IUPAP WG, Gold OA, Public Access, 購読料モデル, 著者負担金
[物理系学術誌とarXiv, INSPIRE, SCOAP3] 物理系学術誌は学術情報、論文のオープンアクセスについて長い歴史を持っている。物理論文の評価基準そのものが、人類に新しい知識を提供しているかどうかで判定される以上、論文を広く公開することは当然とされ、出版に先立ってプレプリントを研究者仲間、競争相手に送りつける文化がある。研究活動そのものが研究者間の競走であると同時に、共同作業でもある。そのような背景文化の下、arXiv, INSPIREなどを生み出し、その延長としてのSCOAP3がある。巨大加速器で推進する高エネルギー物理実験グループのサポートのもと、世界に分散する理論研究者の論文投稿料を含めて、無料投稿、無料購読を提案する野心的な計画で、高エネルギー分野に特化した計画として、IUPAP WGでもサポートしてきた。予算のRedirectionを大胆に打ち出した点で注目される。現在は欧州の大きな負担でスタートしつつあるが、Sustainableにするためのさらなる工夫が必要となるだろう。[論文の社会的公開とPublic Access] 論文の社会的公開については、公共図書館、高校図書館に対する無料公開であるPublic AccessやICTP(International Center of Theoretical Physics)を通じた開発途上国への無料論文提供は1990年代から実施されている。少なくとも米国内では、公共図書館、高校図書館に出かけるというバリアがあるだけで、物理論文は全国民に対して無料公開が実現されている。パキスタン出身のサラムを記念して設立されたICTPはユネスコ、イタリア政府のサポートを受けながら、開発途上国の研究者、教育者に対して、ほとんどの物理系論文の無料提供をきちんとした登録管理のもとで行っており、世界の物理系学会、民間出版社が協力している。[無料購読モデルvs無料投稿モデル] Gold OAについても、先頭を切っているといえるかもしれない。1997年には最初のGold OAジャーナルであるOptics Express (OSA), NJP (IOP)が刊行され、Sustainable Modelを実証した。Sustainable Modelとは経済的に成立するだけではなく、論文品質でも分野トップを両立させたことを意味している。ただし、その背景には、ジャーナル創刊グループの異常な努力があったことと、優れたフォーマッティングの結果、論文掲載決定後、投稿料のクレジット支払いと同時に、即時オンライン出版されるなど、新しい時代の出版を実現した点にある。APSのPhysical Review Xは別のScopeで始まり、Gold OAについてもその展望は一様ではない。その一方、APSのPR Seriesでは電子出版に対する適応力の高さを活用し、電子出版技術の利益を著者サービスに集中して、実質的に著者負担金ゼロの条件を実現した。これにはPR Seriesの図書館購読努力と同時に、WTO加盟による中国からの図書館購読料収入の増加が大いに寄与している。昨今のOA化論議では、無料購読に重点が置かれているが、学術活動の活性化、学術出版の将来像を模索する点からいえば、著者支援の視点にも配慮し続けてきたのが、物理系学術誌のOpen Access化活動といえよう。誤解を恐れずいえば、購読料を無料にするために、物理論文の60%を出版するPR seriesの無料投稿を廃止して、著者負担金モデルに転換することは不可能といえよう。[OA化をめぐるこれからの試行錯誤]OAジャーナルの刊行目的そのものを問い直しながら試行錯誤を続けている。物理系の場合、世界のトップ学会がOAジャーナルを通じて新しい質を持ったトップジャーナルを作ろうとして努力してきた。その品質保持には学会、研究者の誇りをかけて努力してきた。しかし、Gold OAジャーナルは論文の掲載数が出版組織の収入に直結するメカニズムを持っており、自動的に品質を高めようというフィードバック機構を内在していない。容易に低品質化を生むシステムだということも指摘しておかねばならない。物理系学術誌のこれまでの経験からいえることは、今後も、分野、出版母体、各国の事情によって、多種多様な方向性がありえて、成功モデルに追随したとしても決して同じ結果は生まれないということである。日本の学術コミュニティーが、自らの学術活動の現状と将来を展望して、自分で新しいOAモデルを発明することを望みたい。自ら決定するという学問の意識なしにOA化すれば、世界から注目されることはない。ただひとつ、明らかなことは、単独の学会、単独の分野だけで成功することは難しい。日本の学術土壌そのものが醸しだされる舞台を用意することが、学術出版の目的である。