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★ [U08-08] 水文科学会は東日本大震災にどう向き合っていくのか
キーワード:日本水文科学会, 原子力災害, 福島, 水文科学の役割, 分布図とスケール, 地下水流動系
日本水文科学会は水文科学を核として研究者が集う学術団体であるが、水は環境を形成するとともに、人間活動にとって不可欠な資源でもある。よって、人間活動と水循環の関係も重要な課題であり、1999年の世界科学会議におけるブダペスト宣言の中の"Science in the Society, Sience for the Society"、2010年の日本学術会議「日本の展望」における“社会のための学術”を強く意識した活動も行っている。特に2011年3月11日の東北太平洋沖地震以降は、社会の中で科学が果たす役割を強く意識することになった。 東日本大震災以降は津波、原子力災害に関して学会連携による活動を行ってきたが、ここでは東電福島第一原発事故により環境中に放出された放射性物質の沈着とその後の移行に関わる社会と科学の役割について述べたい。それは、放射性物質が沈着した後の移行、再配分課程はこれまで水文学が蓄積してきた知識が活用できる場であるからである。 環境中に沈着した放射性物質の今後の挙動に関する研究は、メカニズム研究と分布研究に分けられる。前者はすでに複数の学会や機関が実施し、優れた成果が得られている。しかし、後者に関してはまだ調査・研究が十分とはいえない状況である。文部科学省による航空機モニタリング等の成果もあるが、分布について議論する際の鉄則が十分考慮されていない。地理学や生態学の分野では分布を扱う際には必ず縮尺と同時に議論を行う。それは、縮尺により地図で表現できる情報の種類、観点が異なってくるからである。文部科学省によって公開された広域の空間線量率、沈着量のマップは避難区域の線引きを行うためには大いに役立ったに違いない。しかし、環境回復、帰還、復興の段階では大縮尺のマップが必要となるのである。なぜなら、最も酷く放射性物質に汚染された阿武隈山地は山村であり、そこにおける暮らしは田畑、居住地だけではなく、里山流域の水・物質循環に大きく依存しているからである。だから、地域の方々は山林除染を強く要望したのである。国は山林除染は当初行わない姿勢であったが、地域の要望に押されて検討するということになっている。しかし、山林の汚染状況については十分な調査が行われている訳ではない。ここに科学セクターの役割がある。このような背景から、山地斜面の汚染の状況調査を歩行サーベイ等の手法を用いて調査し、地域と共有しながら今後の方策について議論しているところである。 原発事故から3年目に入り、相次いで計画的避難区域の見直しが行われ、一部の地域では避難指示解除準備区域に変更されることとなった。帰還を望んでいる住民が最も気に掛けているのは水である。山村には広域水道はなく、里山流域から取水する簡易水道が水源だからである。水文学の知識によると地下水の滞留時間は一般に長く、取水深度が深くなると数百年といった年代にも簡単に到達する。実際に川俣町山木屋地区において生活水源のフロンによる年代測定を行ったところ、概ね30年以上であった。適切な場所に深井戸を掘削すれば水資源に関する問題は解決できると考えられる。地域の水循環のあり方に関する知識、経験を問題の場において活用することが科学者の役割でもある。 一方、東電福島第一原発建屋周辺における汚染水問題が重要な課題として浮かび上がってきた。海外からの報道等によると、日本には地質技術者、水文技術者が不足しているとみられていることが明らかであった。これは日本の科学コミュニティーにとって看過することができない重要な問題である。原発建屋は海岸段丘として形成された台地の一部を掘削した場所に建てられている。敷地全体は谷によって囲まれており、ほぼ独立した台地上に立地している。このような地形条件では独立した局地地下水流動系が形成され、台地面で涵養された地下水が周辺の低地から流出する。阿武隈山地からの地下水は地域(広域)地下水流動系に属し、その流束は小さく、多くは海岸段丘を刻む谷底や海底に流出し、その滞留時間は極めて長いはずである。問題は敷地の載っている台地における局地地下水流動系であることは水文学者ならば誰でもわかることであった。日本には優れた技術者、研究者がたくさんいるのになぜ放置されたのか。政治と科学の関係が日本の重要な課題の一つである。 科学は社会の中にあり、社会によって支えられている。よって、社会のための科学を目指すべきである。問題解決を共有する枠組みの中で、科学の役割をどのように果たすのか。我々は考えなければならない。