日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT25] 地球生命史

2015年5月24日(日) 14:15 〜 16:00 202 (2F)

コンビーナ:*本山 功(山形大学理学部地球環境学科)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、座長:生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、本山 功(山形大学理学部地球環境学科)

15:15 〜 15:30

[BPT25-05] 最古のマイルカ科化石が示唆するマイルカ科(鯨偶蹄目:ハクジラ亜目)の起源と急速な放散

*平本 潤1甲能 直樹2 (1.筑波大学大学院生命環境科学研究科、2.国立科学博物館,筑波大学大学院生命環境科学研究科)

キーワード:Sinanodelphis izumidaensis, マイルカ科, 中期中新世, 別所層および青木層

鯨偶蹄目,ハクジラ亜目に属するマイルカ科は,シャチやハンドウイルカなど,現生で17~19属36種前後を数え,現生鯨類の中でも最大のグループを形成している.しかしながら,マイルカ科の現在の多様性とは対照的に,この仲間の化石記録はこれまでのところ極めて限定的である.そのため,マイルカ科とそれに近縁な系統群がどのように進化し,適応放散していったのか,分かっていることは意外に少ない.DNAの塩基配列に基づいた分子系統解析によれば,マイルカ科は前期~中期中新世(23 ~ 14 Ma)には誕生していたとされている.しかし,現在のところ「最古」と称されるマイルカ科の化石で記載されているものは,北海道の後期中新世(約9 Ma前後)の年代の層準から産出したEodelphinus kabatensisで,分子が示す分岐年代と実際の化石の産出年代には大きなギャップがある.
これまでに不確かながらマイルカ科として記載された化石のひとつに,長野県中部に分布する中部中新統別所層(およそ12 Ma前後)から産出したSinanodelphis izumidaensis Makiyama,1936が挙げられる.S. izumidaensisは比較的保存の良い前半身の骨格化石に基づきマイルカ科の新属新種として記載され,現在でも“シナノイルカ”の和名でよく知られている.しかし,ホロタイプが長野県の天然記念物指定を受けており,クリーニングなどの「現状変更」が原則として行えないなどの制約があることから,記載されて以降現在に至るまで,より詳細な研究が行われていなかった.そのため,Sinanodelphisは現在までマイルカ科である根拠を具体的に示すことができないまま,近年の研究ではより上位の分類単位であるマイルカ上科の所属位置不明として扱われている.そこで本研究では,S. izumidaensisをハクジラ類の系統進化史の中に位置づけるため,長野県および標本を所蔵する泉田博物館より正式に研究の許可を得ると共に,S. izumidaensisのホロタイプとほぼ同一層準(13.6 ~ 11.8 Ma)から知られ,Delphinoidea fam., gen. et sp. undet. とされていた未記載のイルカ類化石二点について,S. izumidaensisのホロタイプと併せてCTスキャン撮影や硬X線写真撮影などにより形態学的な再検討を行った.その結果,これらのイルカ化石は同じプロポーションの頭骨を持ち,極めて小さくかつ多数の歯からなる頬歯列を有し,外鼻孔が正中から左に偏って左右非対称となっているなどS. izumidaensisと同じ特徴を持っていることから,これらはすべて同一種に分類されることが明らかとなった.
以上の結果を踏まえて,今回Sinanodelphis izumidaensisのホロタイプと新たに検討を行ったイルカ化石を用いて,これまで詳しい検討を行うことが出来なかったS. izumidaensisの系統上の位置づけを明らかにするため形態解析を行った.形態解析には先行研究に基づき,84種のハクジラ類を内群として,古鯨類のGeorgiacetusおよびZygorhizaを外群に用いて,278の形質セットからなるデータマトリクスを作成して用いた.解析の結果,S. izumidaensisはマイルカ科の中に位置づけられ,内群の最初の分岐に位置づけられることが明らかとなった.分子から推定されているマイルカ科の分岐年代 (23 ~ 14 Ma) と,S. izumidaensisの生息していた年代 (13.6 ~ 11.8 Ma) を考慮すると,S. izumidaensisはマイルカ科の分岐直後に出現したということが出来る.
Sinanodelphis izumidaensisが知られる中期中新世においては,北太平洋の東岸,カリフォルニアの中部~上部中新統(13.6 ~ 10.3 Ma)から,未記載ながらもマイルカ科とされてきたイルカ類頭蓋標本が報告されている.このことから,S. izumidaensisはこの標本と共にほぼ同時代の北太平洋の東西両岸のマイルカ類の初期分布を代表していたと考えられ,マイルカ科の仲間は他のグループから分岐した直後には既に北太平洋に広く分布を急速に拡大させていたことが示唆される.従って,分子から推定されるマイルカ科の分岐年代に極めて近い地質年代から知られ,かつ現時点で最古のマイルカ科化石となるS. izumidaensisは,マイルカ科の分岐とその後の適応放散過程を考えるうえで,系統上非常に重要な位置にある種であったと考えられる.