日本地球惑星科学連合2015年大会

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口頭発表

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[U-04] 地球惑星生命フロンティア開拓

2015年5月27日(水) 11:00 〜 12:45 国際会議室 (2F)

コンビーナ:*鈴木 庸平(東京大学大学院理学系研究科)、村上 隆(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、鈴木 正哉(産業技術総合研究所 地質調査総合センター)、横山 正(大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)、光延 聖(静岡県立大学環境科学研究所)、座長:光延 聖(静岡県立大学環境科学研究所)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)

12:15 〜 12:45

[U04-07] 超深海海溝生命圏への挑戦

*高井 研1 (1.海洋研究開発機構)

キーワード:超深海, テクトニックエロージョン, 沈み込み帯, 斜面崩壊, 地殻内流体, 有機物

地球表面積の70%を占める海洋において、6000mより深い水深を有する「超深海域」は全海洋の面積のたった1-2%を占めるに過ぎず、ほぼ太平洋を取り囲む海溝域においてのみ存在する特殊な環境にすぎないと考えられてきた。しかし近年の地球物理学的観測や掘削科学に基づく物質科学的な証拠から、そのような超深海海溝域が海洋プレートの沈み込み帯における構造浸食という動的な地質作用によって形成される場であることがわかりつつある。一方、超深海海溝域は、長年その大水深という制約によって直接的な海洋学および海洋生態学的な観察や観測が制限されてきた。これまでの限られた研究成果に基づいて、「超深海海溝域は静的な水塊構造や堆積場と高水圧に制約された低生物生産性で多様性に乏しい極限環境(微)生物生態系で特徴付けられる地球規模のエネルギー・物質循環に対する影響が極めて小さい場である」と考えられてきた。
 一方、我が国では、JAMSTECが1989年に水深6500mまで潜航可能な有人潜水船「しんかい6500」を開発し、6000m以深の超深海海溝域における直接観察・観測や試料採取を推進してきた。また1995年にはJAMSTECが無人潜水機「かいこう」(最大潜航水深=11000m)を開発し、1960年のトリエステ号での冒険調査以降初めて、世界最深部のマリアナ海溝チャレンジャー海淵の直接観察や試料採取に成功し、世界のすべての超深海海溝域の直接的な研究が可能となった。2002年の「かいこう」亡失以降も、JAMSTECの「かいこう7000」(最大潜航水深=7000m)や「アビスモ」(最大潜航水深=11000m)やウッズホール海洋研究所の「ネレウス」(最大潜航水深=11000m、2014年ケルマデック海溝調査中に亡失)、あるいはフリーフォール式海底観測・試料採取装置などの調査機器が世界で開発され、超深海海溝域の研究調査が推進されてきた。これらの調査機器による最新の研究調査の成果から、動的な超深海海溝像が明らかになりつつある。
 超深海海溝域における直接観察・観測や試料採取によって、日本近海の超深海海溝域の最深部の水塊および堆積物中に、独自の遺伝的かつ機能的多様性を有する活動的な微生物生態系が形成されていることがわかりつつある。加えてその微生物生態系が、従来考えられてきたような(1)海洋表層での光合成一次生産による有機物の沈降・堆積プロセスや(2)地殻内での流体移流による海底下のエネルギーや物質のインプットだけでなく、(3)海溝斜面崩壊と海溝内水塊循環という地質・海洋物理現象によって制御されている可能性が示された。また、近年の生物学的調査によって、超深海海溝域には、多様な生物や大型動物が生息していることもわかってきた。さらに2011年の東北沖地震において巨大津波を引き起こした地殻変動の最大変動領域が日本海溝海溝軸であることが明らかになり、巨大地震に伴う地殻変動や流体移流というダイナミックな現象が超深海海溝の最深部で起きることが理解されるようになった。地震に伴う乱泥流や地滑りのような海溝斜面の崩壊が頻発し、海溝における水塊での微生物群集や底生生物群集、あるいは堆積構造に大きな影響を与えていることもわかりつつある。
 これらの最新研究成果は、超深海海溝域への理解が「静的な水塊構造や堆積場に特徴付けられた、高水圧に適応した低生産性で多様性に乏しい極限環境(微)生物からなる、地球におけるエネルギー・物質循環に対する影響が極めて小さい地質・生態場」から、「動的な水塊構造や堆積プロセスに特徴付けられた、高水圧に適応した高生産性で多様性に富んだ極限環境(微)生物からなる、地球規模のエネルギー・物質循環に大きな影響を与えうる地質・生態場」へと劇的に変化する可能性を強く示唆する。つまり今まさに、超深海海溝域やそこに存在する生命圏に対する包括的かつ詳細な分野統合型の研究展開が強く望まれている状況である。このような我が国主導の研究調査の成果によって醸成されつつあるパラダイムシフトを目指し、演者を中心とした研究グループでは、多分野協働での分野統合型研究領域「フルデプス地球生命科学:動的海溝環境と超深海海溝生命圏」を提案している。本研究では「超深海海溝域という場の地質学的ダイナミズムや海洋物理・化学・生物学的特性」が「地球で最も研究が進んでいない最後の生命圏フロンティア:超深海海溝生命圏の成り立ちとその生物地球化学・生態学的役割」にどのような関わり・影響を与えているかについて現場環境での調査・観測・観察・実験を通じた分野統合型研究展開を行うことを目指している。