日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS23] ジオパーク

2015年5月25日(月) 16:15 〜 18:00 101B (1F)

コンビーナ:*尾方 隆幸(琉球大学教育学部)、渡辺 真人(産業技術総合研究所地質情報研究部門)、有馬 貴之(帝京大学 経済学部 観光経営学科)、平松 良浩(金沢大学理工研究域自然システム学系)、大野 希一(島原半島ジオパーク協議会)、藁谷 哲也(日本大学大学院理工学研究科)、植木 岳雪(千葉科学大学危機管理学部)、座長:藁谷 哲也(日本大学大学院理工学研究科)、有馬 貴之(帝京大学 経済学部 観光経営学科)

16:30 〜 16:45

[MIS23-09] 富士山には世界自然遺産の価値がないのか?「落選」理由への誤解とジオパークの可能性

*小山 真人1 (1.静岡大学防災総合センター)

キーワード:富士山, 世界遺産, 自然遺産, ユネスコ, ジオパーク, 候補地

2013年6月、富士山が世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」となった。富士山の巨大で美しい火山の形容は世界中に知られ、国立公園や国の特別名勝にも指定されており、多くの貴重な自然が残っているように見えるが、なぜ富士山は世界自然遺産にならなかったのだろうか?
 ここでは、富士山の世界遺産登録運動が当初の自然遺産から文化遺産に転換するきっかけとなった 2003年の「世界自然遺産候補地に関する検討会」(環境省と林野庁が共同設置)の資料、ならび世界遺産の登録基準を述べたユネスコの「世界遺産条約履行のための作業指針」に立ち返り、富士山が最終候補から「落選」した経緯を整理・再評価することを通じて、自然遺産としての富士山の価値と今後を考察したので報告する。
 上記検討会は、自然環境の観点から価値の高い約18,000箇所を検討対象とし、向こう5年程度の間に世界自然遺産として推薦できる候補地を選定する作業をおこなった。その途中経過において、富士山を含む 19地域が詳細検討の対象とされた。しかしながら、1国からの推薦件数が2件に制限されようとしていたことを鑑みた絞り込みの結果、知床・小笠原諸島・琉球諸島の3地域が最終候補として選定された。それ以外の 16地域の価値が否定されたわけではないし、その中から次の候補が選ばれる流れもできていた。最終候補から洩れた16地域中の半数の8地域が、のちにジオパークまたはユネスコエコパークの認定を受けていることから、19地域のいずれも高い価値を持っていたことがわかる。
 上記検討会において富士山の推薦が不利と考えられた理由は、
(1)火山地形としての多様な火山タイプを包含していない、
(2)山麓周辺の人為改変が進んでいる、
(3)ゴミ・し尿問題等を含む保護管理体制が未整備、
の3点で自然遺産としての「完全性」を欠いていることと、
(4)すでに他国で大型の成層火山や溶岩洞窟が自然遺産指定を受けていること
の4つにまとめられる。しかしながら、上記理由(1)は火山学的に納得しかねることである。富士山は、成層火山としては異例なほど噴火様式や噴火規模の多様性に富み、数多くの側火山にいろどられ、複雑な地形と堆積物を産んできたことは、火山学の常識と言ってよいからである。前出「作業指針」によれば、自然遺産の「完全性」は、
a)傑出した普遍的価値を表すために必要なすべての要素を含むかどうか、
b)適切な広さがあるかどうか、
c)開発や放置などによる悪影響の有無、
の3つによって評価することになっている。つまり、富士山の傑出した普遍的価値を証明する要素が揃っていればよいのであり、決して「火山地形としての多様な火山タイプを包含する」ことが要求されているわけではない。現に、富士山と似たイタリアのエトナ火山(成層火山)が2013年に自然遺産に登録されたほか、ハワイの火山と同種の楯状火山である済州島も2007年に自然遺産に登録されている。つまり、上記理由(1)は、世界遺産の登録基準を十分理解しないまま下された不当な評価と考えられ、上記理由(4)も根拠に乏しかったことがわかる。
 つまり、上記(2)と(3)の保護・管理の問題解決を図りながら、粘り強く自然遺産や複合遺産としての登録を目指すのが、富士山の本来あるべき姿だったと言える。しかしながら、こうした経緯や実情を十分理解せずに、自然遺産としての富士山の価値を不当に貶めている多数の書物・論説・Webページがある。それらは、上記検討会で富士山が詳細検討の 19地域に選定されていたことや、向こう5年間に限っての最終候補3地域の選定だったことに一切触れず、富士山には自然遺産登録の可能性がないから文化遺産を目指したのだという強引な言説を展開している。
 現在の富士山における文化遺産の保全計画は、自然のプロセスを十分考えたり、エリア全体を保全する発想に乏しいため、富士山の自然は危機にさらされている。たとえば、白糸の滝を含む周辺の5つの滝は、活断層の活動にともなう地盤の隆起によって育まれたことが、周辺の地形・地質の検討によってわかる。こうした自然の絶妙なバランスの上に成立した造形を保全するためには、滝というスポットだけを守る発想では無理があり、滝を成立させた自然のプロセスを深く理解し、将来を精密に予測した上で、5つの滝を含むエリア全体を保全対象とする必要がある。さらには、そうした自然の驚異を丁寧に解説し、その価値の理解と保護意識を広めることも必須であろう。富士山は、こうした自然保護の意識と方策を高めた上で、複合遺産としての登録やジオパークの認定を目指すべきである。
参考文献:小山真人(2014)地質と調査,no.140;小山真人(2013)富士山―大自然への道案内,岩波新書