日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT24] 化学合成生態系の進化をめぐって

2015年5月24日(日) 11:00 〜 12:45 202 (2F)

コンビーナ:*ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域自然システム学系)、渡部 裕美(海洋研究開発機構)、延原 尊美(静岡大学教育学部理科教育講座地学教室)、間嶋 隆一(国立大学法人横浜国立大学教育人間科学部)、座長:ジェンキンズ ロバート(金沢大学理工研究域自然システム学系)

12:15 〜 12:30

[BPT24-06] シチヨウシンカイヒバリガイ共生系は実験室でも化学合成できた!

*長井 裕季子1豊福 高志1野牧 秀隆1力石 嘉人1和辻 智郎1生田 哲郎1高木 善弘1吉田 尊雄1滋野 修一1井上 広滋2小西 正朗1 (1.海洋研究開発機構、2.東京大学)

キーワード:深海生物, 化学合成生態系

熱水噴出域では、海底面下に染み込んだ海水が熱源であるマグマによって加熱され上昇する。熱水には火山ガスの形で放出されるマグマ由来の二酸化炭素、メタン、二酸化硫黄、硫化水素(H2S)などが溶解して噴出される。日本列島周辺にも多くの熱水噴出域が発見されており、これに伴う深海化学合成生態系の成立や、その構成生物の生理・生態に関する研究を推進する上で、絶好のフィールドを提供している。深海化学合成生態系には化学合成独立栄養細菌と共生関係を持つ動物が生息していることが知られている。本研究で用いたシチヨウシンカイヒバリガイはエラ上皮細胞内に硫黄酸化細菌を共生させており、共生細菌は熱水に含まれるH2Sを利用しエネルギーを作り出し、二酸化炭素から有機物を合成していると考えられている。しかし、このような共生関係の構築、維持機構は実験室での再構成が困難であるため、十分解明されていない。これらの共生メカニズムを詳細に解明するためには、共生関係を維持したまま飼育し、環境パラメーターに対する宿主や共生細菌の応答を詳細に観察することが極めて重要である。そこで本研究ではH2Sを添加維持できる水槽(小西&和辻,特許2011-219498)を用いてシチヨウシンカイヒバリガイを飼育し、同位体実験により、共生菌を介した無機炭素の取り込み量を指標として、飼育環境の適性度を検証した。
 飼育に用いた個体は2012年4月及び2013年3月、2014年4月に実施された研究船「なつしま」による航海で無人探査機「ハイパードルフィン」により採取した。本航海では伊豆小笠原弧明神海丘水深1224-1285mからシチヨウシンカイヒバリガイを採取し、現場の水温(約4℃)に保ったまま陸上実験室に持ち帰った。実験室では、まず硫化水素を継続的に供給できる硫化水素添加水槽に個体を入れ3ヶ月及び14ヶ月間飼育した。コントロール実験として、採取直後の個体ならびにH2Sを添加しない条件で3ヶ月飼育した個体を用いた。過去の知見から、H2Sを添加しないで飼育した個体は3ヶ月で共生細菌がなくなることが知られている(Inoue et al., 2012)。そこで、飼育中の共生細菌と宿主の代謝能力を評価する為に無機炭素取り込み実験を行った。実験では、13C標識重炭酸ナトリウムを添加した海水で満たしたガラス瓶に、シチヨウシンカイヒバリガイを1個入れた。逐次的に硫化水素を添加しながら同位体存在下で14日間飼育後、共生細菌が存在するエラ組織を用いたエラ及び、共生細菌が存在しないとされるアシ組織を用いた同位体分析、エラ組織を用いた菌叢解析並びにFluorecence in situ hybridization(FISH)法による組織切片の観察を行なった。菌叢解析は16SrRNAをPCR増幅し、クローニングした後、クローンを網羅的にシークエンス解析した。FISH法を用いた組織観察には共生細菌の16SrRNAに特異的なプローブを使用した。
 採取直後の個体、硫化水素存在下で飼育した個体から同種と判断できる共生細菌のみが検出され、宿主特異的な化学合成独立栄養細菌を維持していた。一方H2Sを添加せず飼育した個体のエラからは細菌のDNAは検出されなかった。FISH法においても共生細菌の増減があるものの、菌叢解析を支持する結果が得られた。また全ての個体のエラ組織とアシ組織について、有機物の炭素同位体比を分析したその結果、H2Sを添加した条件で、有意に高く同位体ラベルした炭素が有機炭素として取り込まれていることが確認された。以上のことから生息現場から採取されて14ヶ月以上経っていても、硫化水素添加水槽で飼育することによって共生細菌が保持され炭素固定能が維持されることがわかった。H2Sにより無機炭素取り込みが昂進されることが示唆された。その上、シチヨウシンカイヒバリガイ共生細菌が固定した炭素を宿主へ受け渡し、宿主がそれを利用し、体を構成していることがわかった。本実験結果は硫化水素添加水槽で飼育した場合にシチヨウシンカイヒバリガイの共生細菌を機能的な状態で保持することができることができ、実験室内でもシチヨウシンカイヒバリガイを化学合成させることができることが示めされた。また、組織に取り込まれた13Cを化合物ごとに分析したところ、脂肪酸の中に含まれていた。この結果はシチヨウシンカイヒバリガイの共生細菌が固定した炭素を宿主へ受け渡し、宿主がそれを利用し体を構成していることを示唆している。
 これらの結果から、硫化水素添加水槽で飼育することにより、実験室内でシチヨウシンカイヒバリガイ並びに共生細菌の機能を維持再現できることが実証された。