日本地球惑星科学連合2015年大会

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口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT31] 環境トレーサビリティー手法の新展開

2015年5月27日(水) 11:00 〜 12:45 304 (3F)

コンビーナ:*中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)、陀安 一郎(京都大学生態学研究センター)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

11:00 〜 11:15

[HTT31-01] トレーサビリティー基盤情報としての環境水の多元素同位体比マップ:東北日本の例

*中野 孝教1申 基澈1陀安 一郎1由水 千景1奥田 昇1加藤 義和2神松 幸弘2栗田 豊3天野 洋典3冨樫 博幸3石山 大三4 (1.総合地球環境学研究所、2.京都大学生態学研究センター、3.東北区水産研究所、4.秋田大学国際資源学部)

キーワード:地球化学マップ, 同位体マップ, 河川水, トレーサビリティー, 東北日本

複雑化する地球環境変化に対応するには、予防原則に立ち、環境に存在する様々な物質について、その発生源にまでさかのぼって追跡可能なトレーサービリティー手法の確立とその社会実装が不可欠である。地球上の物質は92種類の元素で構成されるが、そのうち半数程度の元素に安定同位体が存在する。元素の安定同位体比は、元素組成以上に物質の発生源に関するトレーサビリティー情報となりうることから、総合地球環境学研究所(地球研)では、各種元素分析装置や安定同位体比分析装置を整備すると共に、大学共同利用機関法人として、その広範な利活用を図るために、同位体環境学共同研究事業を公募し実施している。
この事業の一つとして、環境水の元素組成や安定同位体比の分布を明らかにする水質マップ研究を実施している。これは、動植物や農水産物に含まれる諸元素が、基本的に地表水や地下水、土壌水などの環境水に由来すること、またそれらの組成が、時間的変化に比べて地理的変化の方がはるかに大きいことに基づいている。地域レベルで得られた環境水マップに関するデータを集積し、日本、アジア、さらに世界へと展開できれば、水物質循環、生物多様性、気候変動などの地球環境研究だけでなく、農水産物や食品なども含めたトレーサビリティー研究の基盤情報となる。
本研究では、東北地方の約1000地点で採取した環境水についてについて、主要元素と微量元素の濃度および水素・酸素・ストロンチウムの同位体比を測定し、地質図や河川堆積物の地球化学マップ(産業技術総合研究所)と比較検討した。平野部の河川の硝酸イオン濃度の多くは3mgL-1以下であったが、山地域(<1mgL-1)に比べて有意に高く人為由来の窒素の寄与が認められる。
塩素イオンや硫酸イオンも熱水地域で高いが、それを除くと秋田・宮城両県の平野域で高く、人為由来の塩素や硫黄の寄与が認められる。水の水素と酸素の安定同位体比は、緯度効果や高度効果が認められる。重水素過剰値は日本海側で特徴的に高く、とくに山地域で高いことは、降雪の寄与が強いことを示している。
河川水のストロンチウムの安定同位体比(87Sr/86Sr)は、火山岩や花崗岩の分布域(0.704~0.706)に比べてグリーンタフ地域(0.706~0.707)で高い。堆積岩類も南部北上帯(0.7065~0.708)に比べて北部北上帯(0.709~0.712)は高く、基盤地質の違いを反映している。しかし、火成岩地域の河川水の87Sr/86Srは岩石に比べて高いのに対して、堆積岩地域の河川水は低く、降水の寄与あるいは構成鉱物の選択的風化を示唆している。
地球化学的挙動が似ているSrとCaは、河川水も河川堆積物も互いに似た濃度分布を示すが、両者の分布パターンは一致しない。風化しにくいカリ鉱物に由来するK,Rb,Csなどのアルカリ元素も互いに似た分布パターンを示すが、河川水の分布パターンは河川堆積物のそれと異なる。他の主要陽イオンについても同様な分布の不一致が見られることは、岩石風化過程での元素分別が大きいことを示している。いっぽう、河川水のSr/Caは花崗岩や火山岩地域で高く、地質との対応が認められる。この原因としては、風化する鉱物のSr/Caを反映している可能性がある。
レアアース元素も北部北上地域の河川水で低いが、同地域の河川堆積物は高い。河川堆積物の重金属元素は鉱山地域で高いことが知られているが、熱水および鉱山地域を除くと、河川水との間で顕著な正の相関は見られない。これら元素は堆積物への吸着性が強いことが知られているが、河川堆積物の飽和吸着量が一定の場合、溶存元素濃度が高くなるほど、吸着量は低下する。河川堆積物への吸着・脱着反応は、河川水の水質に大きな影響を与えていると考えられる。