日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT31] 環境トレーサビリティー手法の新展開

2015年5月27日(水) 14:15 〜 16:00 304 (3F)

コンビーナ:*中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)、陀安 一郎(京都大学生態学研究センター)、座長:中野 孝教(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)

14:30 〜 14:45

[HTT31-09] 仙台湾における底生魚類の栄養段階―アミノ酸窒素安定同位体比による推定―

*加藤 義和1由水 千景1神松 幸弘2冨樫 博幸3天野 洋典3栗田 豊3陀安 一郎1 (1.総合地球環境学研究所、2.京大・生態研、3.東北水研)

キーワード:沿岸生態系, 食物網, 漁業資源, 移動追跡

沿岸域は、漁業資源をはじめとするさまざまな生態系サービスを人類にもたらす一方、乱獲や汚染、開発といった人間活動の影響を受けやすい生態系の一つである。適切な保全管理策を策定する上では、食物網構造およびその動態の正確な把握が不可欠である。しかし、沿岸域に生息する魚類には、生活史に応じて生息場所を大きく変える魚種や広域を回遊する魚種などが含まれているため、それらの時空間スケールを考慮することが、食物網の動態を明らかにするためには重要な課題となる。
食物網研究においては、安定同位体比を用いた栄養段階の推定、特に、バルク(生物体全体)の炭素および窒素安定同位体比(δ13Cbulkおよびδ15Nbulk)による推定手法が広く用いられ、食物網構造の解明に大きく貢献してきた。また、漁業資源管理といった応用面においても、安定同位体比を用いて推定された栄養段階は、漁獲資源の指標として重要視されている。
近年の分析技術の発達に伴い、生物組織に含まれる個々のアミノ酸の窒素安定同位体比(δ15NAA)が栄養段階の推定手法として活用できることが明らかになってきた。生体に含まれるアミノ酸の代謝過程において、代謝の主反応にアミノ基が関わらないアミノ酸(例:フェニルアラニン)では、代謝されるアミノ酸と体組織になるアミノ酸の間で同位体分別が起こらないため、食物連鎖に伴って代謝されてもδ15Nがほとんど変化しない。そのため、このようなアミノ酸では、高次捕食者であっても、一次生産者が持っていたδ15Nとほとんど変わらない値を示す。一方、代謝の主反応がアミノ基の脱離反応であるアミノ酸(例:グルタミン酸)では、被食-捕食の関係において同位体分別が起こるため、食物連鎖に伴ってδ15Nが3~8‰上昇する。この推定手法では、動物のグルタミン酸とフェニルアラニンの窒素同位体比の差を計算することによって、一次生産者の値が不明であっても絶対的な栄養段階を以下の式を用いて示すことができる。

 TL = (δ15NGlu - δ15NPhe + β)/7.6 + 1

ここで、TLは栄養段階、δ15NGlu・δ15NPheはそれぞれグルタミン酸・フェニルアラニンの窒素安定同位体比を表す。βは一次生産者のグルタミン酸・フェニルアラニン同位体比の差を表し、水域生産者では-3.4‰,陸上C3植物では+8.4‰を用いることで、高い精度で栄養段階が推定できるとされている。
本研究では、仙台湾に生息するヒラメおよびイシガレイについて、δ15NAAに基づく栄養段階推定を行った。これらの魚種は、孵化・着底後、水深の浅い沿岸域(浅場)で稚魚期から幼魚期を過ごし、成長に伴って水深の深い沖合へと移動する。しかし、浅場においても大型の成魚が採集されることがある。魚の成長に伴う栄養段階の変化、および環境条件の異なる地点間で見られたパターンの違いを明らかにするために、2012年から2014年にかけ、湾内の多地点において季節ごとに採集を行った。採集した魚の筋組織から、Nピバロイル/イソプロピル誘導体化法によってアミノ酸を抽出した後、ガスクロマトグラフ/燃焼/同位体比質量分析計を用いて各アミノ酸の窒素安定同位体比を測定し、栄養段階を推定した。
解析の結果、稚魚から成魚にかけて、栄養段階が上昇する過程が明らかになった。また、同等の大型個体であっても、浅場と沖合で採集された個体では栄養段階が異なっていた。このことから、大型個体の中にも長期にわたり浅場に留まっている個体がいる可能性が示唆された。水深の深い沖合でも、地点間や季節間で栄養段階の差が見られ、餌生物が変化することが示唆された。さらに、こうした栄養段階の差を用いることにより、アミノ酸同位体情報を用いた個体の移動追跡の可能性についても検討を行った。