日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS26] 生物地球化学

2015年5月28日(木) 16:15 〜 18:00 104 (1F)

コンビーナ:*楊 宗興(東京農工大学)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:岩田 智也(山梨大学生命環境学部)、角皆 潤(名古屋大学大学院環境学研究科)、稲垣 善之(森林総合研究所)、藤井 一至(森林総合研究所)

16:45 〜 17:00

[MIS26-24] 大気からの窒素負荷の大きい森林生態系から流出する硝酸の起源

*安藤 健太1角皆 潤1大山 拓也1中川 書子1内山 重輝2山下 尚之2佐瀬 裕之2 (1.名古屋大学大学院環境学研究科、2.アジア大気汚染研究センター)

キーワード:森林生態系, 窒素飽和, 大気硝酸, 三酸素同位体組成, 伊自良湖

森林生態系では、一般に窒素栄養塩が一次生産が一次生産の制限元素となっている(Vitousek and Howarth, 1991)。しかし、慢性的に窒素負荷量が多い森林生態系は、窒素飽和と呼ばれる窒素栄養塩の過剰状態に陥り、そこから流出する渓流水や河川水中の硝酸濃度が著しく上昇する現象が見られる(Aber et al., 1989)。また、工場や自動車から排気ガスとして放出された窒素酸化物由来の窒素栄養塩の沈着量の増加が、窒素飽和の原因となっている可能性が指摘されている。そこで本研究では、国内の酸性雨長期モニタリング地点の中でも最高レベルの窒素沈着量が観測される岐阜県の伊自良湖周辺で、隣接する2つの森林小集水域から流出するRW1(釜ヶ谷川)・RW3(孝洞川)をフィールドに、硝酸の三酸素同位体異常(∆17O値)を指標に利用して、森林生態系内で利用されずに直接流出する大気沈着由来の硝酸(大気硝酸)量を見積もり、森林生態系の大気窒素吸収能力やその時間変化を定量化した。また、このRW1やRW3では、2008年に平均35 μM前後と高濃度だった硝酸濃度が、2012年には平均25 μM前後と年々低下する傾向が見られており(環境省, 2014)、さらにRW1の硝酸濃度がRW3の硝酸濃度を30〜40%程度上回る傾向が継続して見られるので、それらの原因も考察する。なお、硝酸の∆17O値は、大気硝酸が大きな値(∆17O≒+26‰)を示す一方、硝化により生成する再生硝酸は必ず∆17O=0‰である。しかも同化や脱窒といった一般の化学反応で変化しないため、大気硝酸の森林生態系内での挙動を解明する上で有用な指標となる。
 本研究で供試した試料は、環境省越境大気汚染・酸性雨長期モニタリングで得たものである。試料の採取は、0.45 μ mのメンブレンフィルターでろ過し、分析まで冷蔵保存した。試料中の硝酸の三酸素同位体組成は、溶存硝酸を一酸化二窒素化し、これをオンラインで酸素分子化した後、連続フロー型質量分析システムに導入して定量した(Tsunogai et al., 2010)。
 森林生態系から流出する河川水(RW1・RW3)は、いずれもおよそ+1〜2‰程度の有意な三酸素同位体異常を示し、森林生態系で利用されなかった大気硝酸が河川水中に有意な量含まれていることが確認された。この三酸素同位体異常に季節変化などに呼応した変化は見られなかったが、河川水中の全硝酸に占める大気硝酸の混合比は、RW1で平均5.8%、RW3で平均4.0%と、RW3が年間を通してRW1より低い平均混合比を示した。これはRW3の流域の方が、大気硝酸の吸収能力が高いことを意味しており、RW3がRW1より低い硝酸濃度を示すこととリンクしている可能性が高い。ただし、RW1とRW3の硝酸濃度の差がすべて大気硝酸量の差で説明できる訳ではないので、大気硝酸の吸収能力の高い森林からは、再生硝酸の流出も抑えられることを示すと思われる。また、2012年に比べて2013年の方が、硝酸濃度の低下が見られたが、三酸素同位体異常もこれに呼応して低下する傾向が見られた。このことから、森林生態系の窒素飽和からの回復、すなわち総無機化・硝化フラックスの縮小に起因した無機態窒素プールと硝酸溶脱の減少により、再生硝酸の流出が抑制され、この回復に伴う樹木吸収量に占める大気硝酸の割合が増加し、大気硝酸の吸収効率が上がったと思われる。