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[BGM22-07] クロロフィルの光毒性:光合成生物からのエネルギーフラックスを制約する光生化学的因子
キーワード:クロロフィル, 酸素, 光毒性, プロティスト, 微細藻類, シクロフェオフォルバイドエノール
光合成の仕組みを系内に獲得して以降,太陽からの光のエネルギーを主要なソースとしたエネルギーフラックスが地球生命圏を駆動する状態へとシフトした。この地球生命の光合成は,クロロフィル類という光増感剤を用いたエネルギー転換の機構が根幹をなしている。
【光毒性問題:酸素とクロロフィル光合成のパラドックス】
光合成電子伝達においては細胞外から電子供与体が要求されるが,初期の光合成では硫化水素などの還元的分子種が利用された。これに代わって遍在する水分子から電子を奪う仕組み,すなわち酸素発生型光合成の登場に至って,光合成からのエネルギーフラックスが飛躍的に重要度を増したと概略的には看做される。しかし,その代償として発生する分子酸素は,クロロフィル類とは非常に相性が悪い。すなわち,クロロフィル類は通常の分子酸素[三重項酸素]を強力な活性酸素[一重項酸素]に励起させる光増感作用を有し1,これは生命に致死的なダメージを与えうる(クロロフィルの光毒性)。現在の植物(シアノバクテリアと真核植物)はこのクロロフィルの光毒性を回避する巧妙な仕組みを備えているが1,最初に還元的な大気下で酸素発生型光合成を始めた生物は,あらかじめその「巧妙な仕組み」を備えていなければならなかったはずである。
【クロロフィルの「解毒」:植物の捕食と光毒性問題】
光合成からのエネルギーフラックスが生態系には,植物が産生する有機物が従属栄養生物の細胞内に取り込まれるステップが必須である。現在の水圏環境でも重要な役割を果たす捕食性のプロティスト(単細胞体制の真核生物)は,食胞作用を通して光合成生物を補食するが,多細胞生物登場以前の初期の水圏生態系においては,これが特に重要なプロセスであったことは想像に難くない。しかしこれは,クロロフィルを含有する物体を光が透過する細胞内に取り込む行為であり,光毒性に対する厳重な制御機構が必須である。しかし見かけ上,これら生物にクロロフィルの光毒性は顕在化しない。我々は近年,植食性のプロティストがクロロフィルの光毒性を無効化する代謝プロセスを発見し,その仕組みの一端がようやく明かされてきた。すなわち,水圏環境で微細藻類を捕食するプロティストは食胞形成と消化の進行の過程で,クロロフィル類を光毒性のない有色化合物132,173-シクロフェオフォルバイドエノール(シクロエノール)に代謝する2,3。この代謝は,ほぼ全ての真核生物のスーパーグループ間に共有されていることも分かった。シクロエノールは分析条件下では非常に不安定であり,従来,定量分析はおろか検出すら困難であったが,実際にはあらゆる水圏環境に多量に存在する(底泥中にはクロロフィルを遙かに凌駕する量が含まれる)。一連の発見は,(1)微細藻類を捕食するプロティストが現在の水圏環境においても量的に重要であることを示し,(2)それを可能とする「シクロエノール代謝」が,真核生物による酸素発生型光合成生物(初期には特にシアノバクテリア?)の直接捕食を通した繁栄と多様化を駆動する重要な因子であったことをも示唆する。
【真核植物の進化とクロロフィル光毒性の制御】
複雑な体制を構築できる真核生物が,シアノバクテリアを細胞内取り込み制御することで酸素発生型の光合成の機構を獲得したことで(葉緑体の獲得:一次植物の進化),光合成からのエネルギーフラックスは飛躍的に重要度を増したと想像される。色素体の獲得は大量のクロロフィル類を細胞内で保持する大きなリスクを負うため,それらの光毒性を制御する生理機構を発達させる必要がある。さらに,様々な系統の真核生物は,緑色植物や紅色植物の一次植物を細胞内に取り込み葉緑体化することで,「植物化」のという進化を繰り返してきた(二次植物の進化)。二次植物化は,食胞作用による植物の細胞内への取り込み過程の延長線上にあったとみなされている。いくつかの二次植物の系統では,自ら細胞内でシクロエノールを産生するが4,5,これは光毒性の制御との関連性が考えられる。特に,光栄養性のユーグレノイドにおいては,自己の色素体の分解に際し不要となるクロロフィルを光無毒性のシクロエノールへ代謝しており,祖先的な捕食性のユーグレノイドのシクロエノール代謝の仕組みを,自らの細胞内で産生されるようになったクロロフィルに対する「安全装置」として維持することで植物化を可能としたのかもしれない。
引用文献:
1Kashiyama Y. and Tamiaki H. (2014) Chem. Lett. 43, 148-156.
2Kashiyama Y., Yokoyama A., et al. (2012) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109, 17328-17335.
3Kashiyama Y. et al. (2013) FEBS Lett. 587, 2578-2583.
4Yamada N. et al. (2014) J. Phycol. 50, 101-107.
5Suzuki T. et al. (2015) J. Phycol. 51, 37-45.
【光毒性問題:酸素とクロロフィル光合成のパラドックス】
光合成電子伝達においては細胞外から電子供与体が要求されるが,初期の光合成では硫化水素などの還元的分子種が利用された。これに代わって遍在する水分子から電子を奪う仕組み,すなわち酸素発生型光合成の登場に至って,光合成からのエネルギーフラックスが飛躍的に重要度を増したと概略的には看做される。しかし,その代償として発生する分子酸素は,クロロフィル類とは非常に相性が悪い。すなわち,クロロフィル類は通常の分子酸素[三重項酸素]を強力な活性酸素[一重項酸素]に励起させる光増感作用を有し1,これは生命に致死的なダメージを与えうる(クロロフィルの光毒性)。現在の植物(シアノバクテリアと真核植物)はこのクロロフィルの光毒性を回避する巧妙な仕組みを備えているが1,最初に還元的な大気下で酸素発生型光合成を始めた生物は,あらかじめその「巧妙な仕組み」を備えていなければならなかったはずである。
【クロロフィルの「解毒」:植物の捕食と光毒性問題】
光合成からのエネルギーフラックスが生態系には,植物が産生する有機物が従属栄養生物の細胞内に取り込まれるステップが必須である。現在の水圏環境でも重要な役割を果たす捕食性のプロティスト(単細胞体制の真核生物)は,食胞作用を通して光合成生物を補食するが,多細胞生物登場以前の初期の水圏生態系においては,これが特に重要なプロセスであったことは想像に難くない。しかしこれは,クロロフィルを含有する物体を光が透過する細胞内に取り込む行為であり,光毒性に対する厳重な制御機構が必須である。しかし見かけ上,これら生物にクロロフィルの光毒性は顕在化しない。我々は近年,植食性のプロティストがクロロフィルの光毒性を無効化する代謝プロセスを発見し,その仕組みの一端がようやく明かされてきた。すなわち,水圏環境で微細藻類を捕食するプロティストは食胞形成と消化の進行の過程で,クロロフィル類を光毒性のない有色化合物132,173-シクロフェオフォルバイドエノール(シクロエノール)に代謝する2,3。この代謝は,ほぼ全ての真核生物のスーパーグループ間に共有されていることも分かった。シクロエノールは分析条件下では非常に不安定であり,従来,定量分析はおろか検出すら困難であったが,実際にはあらゆる水圏環境に多量に存在する(底泥中にはクロロフィルを遙かに凌駕する量が含まれる)。一連の発見は,(1)微細藻類を捕食するプロティストが現在の水圏環境においても量的に重要であることを示し,(2)それを可能とする「シクロエノール代謝」が,真核生物による酸素発生型光合成生物(初期には特にシアノバクテリア?)の直接捕食を通した繁栄と多様化を駆動する重要な因子であったことをも示唆する。
【真核植物の進化とクロロフィル光毒性の制御】
複雑な体制を構築できる真核生物が,シアノバクテリアを細胞内取り込み制御することで酸素発生型の光合成の機構を獲得したことで(葉緑体の獲得:一次植物の進化),光合成からのエネルギーフラックスは飛躍的に重要度を増したと想像される。色素体の獲得は大量のクロロフィル類を細胞内で保持する大きなリスクを負うため,それらの光毒性を制御する生理機構を発達させる必要がある。さらに,様々な系統の真核生物は,緑色植物や紅色植物の一次植物を細胞内に取り込み葉緑体化することで,「植物化」のという進化を繰り返してきた(二次植物の進化)。二次植物化は,食胞作用による植物の細胞内への取り込み過程の延長線上にあったとみなされている。いくつかの二次植物の系統では,自ら細胞内でシクロエノールを産生するが4,5,これは光毒性の制御との関連性が考えられる。特に,光栄養性のユーグレノイドにおいては,自己の色素体の分解に際し不要となるクロロフィルを光無毒性のシクロエノールへ代謝しており,祖先的な捕食性のユーグレノイドのシクロエノール代謝の仕組みを,自らの細胞内で産生されるようになったクロロフィルに対する「安全装置」として維持することで植物化を可能としたのかもしれない。
引用文献:
1Kashiyama Y. and Tamiaki H. (2014) Chem. Lett. 43, 148-156.
2Kashiyama Y., Yokoyama A., et al. (2012) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 109, 17328-17335.
3Kashiyama Y. et al. (2013) FEBS Lett. 587, 2578-2583.
4Yamada N. et al. (2014) J. Phycol. 50, 101-107.
5Suzuki T. et al. (2015) J. Phycol. 51, 37-45.