日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-GC 固体地球化学

[S-GC51] 希ガス同位体地球惑星科学の最前線

2015年5月24日(日) 16:15 〜 18:00 A04 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*兵藤 博信(岡山理科大学自然科学研究所)、角野 浩史(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設)、田上 高広(京都大学大学院理学研究科)、座長:兵藤 博信(岡山理科大学自然科学研究所)、角野 浩史(東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設)

16:30 〜 16:45

[SGC51-05] Ar-ArおよびI-Xe年代測定法を応用したマントル捕獲岩のハロゲン分析

*小林 真大1角野 浩史1長尾 敬介1Ray Burgess2石丸 聡子3荒井 章司4芳川 雅子5川本 竜彦5熊谷 仁孝5小林 哲夫6中村 美千彦7高橋 栄一8 (1.東京大学地殻化学実験施設、2.英国マンチェスター大学、3.熊本大学理学部地球環境科学講座、4.金沢大学理工学域地球学コース、5.京都大学理学研究科地球熱学、6.鹿児島大学理学部地球環境科学科、7.東北大学理学研究科地学専攻、8.東京工業大学理工学研究科地球惑星科学専攻)

キーワード:ハロゲン, 希ガス, マントル捕獲岩

Ar-ArおよびI-Xe年代測定法を応用することにより、極微量ハロゲンの定量が可能となる。原子炉内において試料に中性子を照射すると、ハロゲン(Cl、Br、I)やK、Ca、Ba、Uから特定のAr、Kr、Xe同位体が生成する。これらを高感度希ガス質量分析を用いて定量することにより、上記の複数の親元素を同時に定量することが可能である[1]。ただし希ガス同位体への変換率は、組成が既知の標準試料を同様に中性子照射、希ガス同位体分析して決定する。この手法によるハロゲンの検出限界はCl、Br、Iについてそれぞれ10-10–10-11、10-13–10-14、10-14–10-15 molであり、地球化学において通常用いられるような手法よりも数桁低い。
 ハロゲンはFを除き、不適合元素であり水に強く濃集する性質をもつ。地球においては表層部に高濃度で存在し、マントル内での濃度は低い。また、各リザーバーにおいて大きく異なる元素組成を示す。このような性質から、ハロゲンはマントルへと沈み込む水の有用なトレーサーとなることが期待されている。また、ハロゲンはLIL (large-ion lithophile)元素の輸送に大きく関与していることも示唆されている。島弧マグマに特徴的に多く含まれるLIL元素は、スラブから放出される水流体とともにマントルウェッジに供給されていると考えられている。ハロゲンが水流体中に存在することで、LIL元素は最大で10倍程度強く水流体に濃集することが実験的に示唆されている[2]。このようにハロゲンはスラブからマントルへ放出される流体において最も重要な元素の1つであり、マントル捕獲岩に含まれる流体包有物はマントルに供給された流体が持つ情報を最もよく保存していると期待される。しかし、マントル中のハロゲン濃度は低く、地球化学において通常用いられる手法での定量は困難である。そのため、マントル捕獲岩のハロゲンに関する研究例は極めて少ない。
 本研究では、Ar-ArおよびI-Xe年代測定法を応用した手法を用いて、アジア東縁の沈み込み帯(カムチャッカ、フィリピン、東北日本)やヨーロッパ(アイフェル)、北アメリカ(サンカルロス、キルボーンホール)で産出したマントル捕獲岩に含まれるハロゲンを分析した。試料から希ガスを抽出する際には、試料を物理的に破砕することにより流体包有物のハロゲン組成を、加熱溶融することにより試料全体のハロゲン組成をそれぞれ得た。
 火山フロントで産出したマントル捕獲岩に含まれる、H2Oに富む流体包有物のハロゲン組成は高いI/Cl比と比較的一定なBr/Cl比を示し、海底堆積物中の間隙水によく似た組成である[3]。全岩組成は流体包有物の組成に比べややClに富み、Clを多く含む相が存在することを示しているが、やはり間隙水の強い寄与がみられる。間隙水的なハロゲン組成は三波川変成帯で産出したかんらん岩にも見出されていて、間隙水に由来するハロゲンが、沈み込む海洋プレート中の蛇紋石等の含水鉱物に取り込まれマントルへ沈み込んでいることが示唆されている[4]。ハロゲン濃度は低いが、同様な組成が背弧側のマントル捕獲岩にも一部みられた。ヨーロッパと北アメリカで産出したマントル捕獲岩のI/Cl、Br/Cl比は、MORBの組成を含むような共通の相関関係を示した。
 沈み込み帯でみられたハロゲン組成は、沈み込んだ海底堆積物中の間隙水起原のハロゲン[4]が火山フロント直下のマントルにおいて支配的であることを示している。また、その影響は小さいながらも背弧側まで及んでいることが示唆される。プレート内火山の活動によって地表にもたらされたヨーロッパと北アメリカのマントル捕獲岩にみられたI/Cl、Br/Cl比の相関関係は、MORB源マントル的な組成からの分別に起因すると考えられ、これらの地域の大陸下マントルにおいてハロゲン組成を同様な傾向で変化させるメタソマティズムが起きた可能性を示している。

[1] Turner (1965) JGR 70, 5433. [2] Kawamoto et al. (2014) EPS 66, 1. [3] Kobayashi et al. (2014) JpGU Meeting 2014, SCG62-04. [4] Sumino et al. (2010) EPSL 294, 163.