日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-HW 水文・陸水・地下水学・水環境

[A-HW27] 流域の水及び物質の輸送と循環-源流域から沿岸域まで-

2015年5月24日(日) 14:15 〜 16:00 301B (3F)

コンビーナ:*中屋 眞司(信州大学工学部土木工学科)、齋藤 光代(岡山大学大学院環境生命科学研究科)、小野寺 真一(広島大学大学院総合科学研究科)、知北 和久(北海道大学大学院理学研究院自然史科学部門)、入野 智久(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、小林 政広(独立行政法人森林総合研究所)、吉川 省子(農業環境技術研究所)、奥田 昇(総合地球環境学研究所)、座長:小野寺 真一(広島大学大学院総合科学研究科)

15:45 〜 16:00

[AHW27-21] リン酸‐酸素安定同位体分析が拓くリン循環研究の黎明

*奥田 昇1Abigail Cid1陀安 一郎1井手 淳一郎2 (1.総合地球環境学研究所、2.九州大学持続可能な社会のための決断科学センター)

キーワード:温度依存的同位体交換平衡, 速度論的同位体効果, 熱分解型安定同位体質量分析計, ピロホスファターゼ, リン酸-酸素安定同位体比

人類は、栄養元素からエネルギーや肥料を生み出す科学技術によって、急速な人口増加と社会発展を遂げた。一方、栄養元素の過剰消費によって社会の持続的成長の限界が露呈されるとともに、地圏-生命圏の「栄養バランスの不均衡」が顕在化することとなった。栄養バランスの不均衡は、生物多様性の低下と生態系の循環機能不全を引き起こし、我々の健全で文化的な生活を支える生態系サービスの損失を招くと危惧される。流域圏社会-生態システムにおける栄養循環不全を解消するには、流域社会の多様なステークホルダーと協働して、持続可能な循環型社会の構築に資する新たな環境知を創造するプロセスが不可欠である。現在、我々は、総合地球環境学研究所が推進するプロジェクト研究「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性」に従事している。本研究は、超学際科学の理念に基づいて、地域社会との協働の下、生物多様性が駆動する栄養循環を「見える化」することにより、流域生態系の栄養循環を促進する順応的流域ガバナンスを社会実装することを目指す。
この栄養バランスの不均衡の問題を考える上で、我々は、リンの循環に焦点を当てる。生命の必須元素であるリンは、情報因子(DNA)、エネルギー源(ATP)、物質生産場(RNA)、細胞骨格(リンタンパク・リン脂質)などの主成分として、生物代謝の重要な機能を担う。また、リンは生物に利用可能な形態での存在量が希少であるため、生態系の代謝速度(生産性)を制御する律速因子ともなりうる。このような特性のため、人間活動に伴うリン資源の局在化は、富栄養化など水系の生産過多を引き起こし、他方、リン資源の過剰消費は、将来的に生態系の生産性低下を引き起こし、食糧安全保障をも脅かす。
従来、リンの循環は、リンの濃度を測定することによって研究されてきた。しかし、いかにリン濃度を感度よく高精度で測ろうとも、リンの由来を特定することはできない。また、面源負荷量に基づくフラックスモデルは、生物による再循環プロセスをブラックボックスにしたままリン循環を扱ってきた。いま、流域生態系のリン循環を理解する新たな手法の開発が必要とされる。
温暖化や窒素汚染といった地球環境問題を背景として、物質循環研究の科学的・社会的重要性は増しつつある。炭素・窒素安定同位体比を天然トレーサーとして用いる分析技術・方法論の革新は、生物地球化学的循環プロセスに対する我々の理解を飛躍的に前進させた。一方、安定同位体の存在しないリンの循環研究は、炭素・窒素循環研究の後塵を拝してきた。
しかし、近年、リン循環を可視化する画期的な安定同位体手法が開発された。リンに安定同位体は存在しないが、その主要形態であるリン酸(PO43-)には3つの酸素同位体が結合する。このリン酸の酸素安定同位体比(δ18OP)に着目することで、流域生態系におけるリンの循環パターンを解き明かす手法が脚光を浴びている。リン酸のP-O結合は、自然条件下で安定なため、その酸素安定同位体情報は高度に保存される。それ故、生物によって代謝されない限り、環境中に存在するリン酸の酸素安定同位体比(δ18OP)は、各種負荷源の混合割合に応じて、それらの同位体情報を反映する。一方、生物によるリン代謝が卓越する系では、リン酸と環境水の間で酸素安定同位体の温度依存的な交換平衡が迅速に起こる。このリン酸の化学的・生化学的特性に基づいて、生態系のリン循環を駆動する2つの主要なプロセス、すなわち、「負荷源の混合」および「生物による再循環」を評価することが可能となる。
本講演では、急速に発展しつつあるリン酸の酸素安定同位体比を分析する手法とその原理を解説する。さらに、本手法を用いて流域生態系におけるリン循環を評価する研究の予備的解析結果を紹介するとともに、今後の課題と展望を述べる。