日本地球惑星科学連合2015年大会

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口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG56] 日本の原子力発電と地球科学:地震・火山科学の限界を踏まえて

2015年5月27日(水) 09:00 〜 10:45 103 (1F)

コンビーナ:*川勝 均(東京大学地震研究所)、金嶋 聰(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、末次 大輔(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター)、橋本 学(京都大学防災研究所)、座長:川勝 均(東京大学地震研究所)、末次 大輔(海洋研究開発機構 地球内部変動研究センター)

10:10 〜 10:40

[SCG56-05] 原子力発電所問題における地球科学者の役割

*泉谷 恭男1 (1.信州大学)

東日本大震災の被害が大きくなった原因の一つに,科学者による予測結果をそのまま防災対策の目標として採用し,それが安全神話を生み出してしまった,ということがある.地球科学者による津波波高の予測結果に基づいて設けられた避難所に避難していながら津波に巻き込まれてしまった人々.科学的に安全が確保されていると言われていた福島第一原発の事故によって放射能を被ってしまった人々.地球科学者は,自らの社会的役割について,根本的に考え直す必要がある.
先ず,「想定」という言葉の持つ2通りの意味を峻別する必要がある.科学的推論の前提条件を設ける際に「想定」という言葉が使われる(ここではそれを「想定1」と呼ぶ).例えば,震源断層をこのように想定して地震動を計算した,という場合の想定が「想定1」である.一方,防災対策の目標や設計基準という意味にも「想定」という言葉が使われる(ここではそれを「想定2」と呼ぶ).例えば,津波波高をこのように想定して原発を設計した,という場合の想定が「想定2」である.「想定1」と「想定2」とは明らかに別物であり,決して混同してはならない.
「想定1」は完璧なものでなければならない.何故ならば,抜け落ちの多い「想定1」から導かれた科学的仮説は信用することが出来ず,それに基づいて為された科学的判断は非常に視野の狭い危ういものとなるからである.可能な限り抜け落ちの無い「想定1」に基づいて科学的推論を行うことは,真理の追究という,科学者の本来の使命である.そして,その結果に基づいた科学的判断を社会に示すことは,科学者の社会的責任である.しかし残念ながら,原発の基準地震動の問題においては,地球科学者の知識は非常に限定的であり,可能な限り抜け落ちの無い「想定1」に基づいて将来の地震に伴う地震動を予測するという努力が為されているものの,完璧には程遠い.
一方「想定2」は,原発の基準地震動の問題においては,それを満足すれば原発の稼動が可能という基準地震動の設定に相当する.上に述べたように,将来の地震に伴う地震動に関する地球科学者の知識は非常に限られている.そのような場合「想定2」は,限られた科学的知見に基づく科学的判断の結果そのものではなく,科学的知見に加えて生命や環境に対する影響その他の社会的要因を考慮して為される社会的判断の結果でなければならない.
東日本大震災の津波被害や原発被害の原因の一端は,完璧ではない「想定1」に基づいた科学的判断の結果を,科学者が科学的判断と社会的判断の境界を踏み越えてそのまま「想定2」として採用してしまったところにある.科学的知見が限定的な状態で為される「想定2」は,公共空間(身分や性別や貧富の差などを超越して,様々な考えを持つ人たちが自由に政治的・社会的問題について対話を行えるような場)における,対話を通じての結論でなければならない.
「想定1」が完璧でないという問題についても,科学者が踏み越えて「想定2」を設定しているという問題についても,「想定2」は公共空間において設定されるべきなのにそうされていないという問題についても,すべてが未解決のままでいながら,原発稼動に関する物事が進行してしまっているのは異常である.「想定1」に関する問題は,地球科学者が真理の追求という本来の使命を果たすことによってしか解決の道は無い.「想定2」に関する問題を解決するためには,先ず地球科学者自身が,科学的判断と社会的判断との境界を踏み越えて「想定2」の設定を行ってはならないということを,自覚する必要がある.地球科学者には更に,等身大の科学的知見を公共空間に提供し,「想定2」を設定しようとする社会を対話を通じて支援する,という重要な役割がある.