日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS26] 生物地球化学

2015年5月28日(木) 14:15 〜 16:00 104 (1F)

コンビーナ:*楊 宗興(東京農工大学)、柴田 英昭(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、座長:渡邉 泉(東京農工大学大学院農学研究院)、横尾 頼子(同志社大学理工学部)、岩田 智也(山梨大学生命環境学部)、角皆 潤(名古屋大学大学院環境学研究科)

15:45 〜 16:00

[MIS26-21] 霞ヶ浦の懸濁物に含まれる有機態リン化合物の動態について

*篠原 隆一郎1今井 章雄1冨岡 典子1高津 文人1小松 一弘1佐藤 貴之1佐野 友春1三浦 真吾1霜鳥 孝一1 (1.国立環境研究所)

キーワード:リン, 核磁気共鳴装置, DNA-P, RNA-P

1.はじめに
リンは水生生物にとって,必須の栄養素である一方で,富栄養化の原因物質でもある.以前からその重要性は認識されていたものの,水中に含まれるリン化合物の形態についての情報は乏しい.
 近年,核磁気共鳴装置(31P NMR)を用いることにより,リンの形態,特に有機態リンの化合物形態を分析することが可能となってきた.本方法を用いることにより,DNA, RNA, リン脂質などが定量できる.浅い富栄養化した湖沼では植物プランクトンの一次生産が主要な生物生産であると考えられるが,湖沼の表層水中におけるリンの動態,特に核酸に含まれるリン(RNA-P, DNA-P)の動態は明らかにされていない.
 そこで本研究は31P NMRを用いた手法を用いて,表層水懸濁物のRNA-P, DNA-Pを定量し,懸濁態有機炭素量(POC)やchlorophyll a量との比較を行ったものである.本研究の目的は,核酸に含まれるリンの量を明らかにし,それらと一次生産量との関係を明らかにすることである.

2.研究方法
2.1. 観測方法
霞ヶ浦臨湖実験施設付近の防波堤において,2011年~2012年の夏季に合計23回の観測を行った.防波堤にて20L程度の採水を行い,それを実験室に持ち帰り,ろ過を行った.31P NMRを用いた分析に使用するサンプルについては,10LをGF/Fガラス繊維濾紙上(0.7 μm)に吸引ろ過したものを用いた.また,chlorophyll a,POC などの分析のために,GF/Fフィルターを用いて200ml程度のろ過を行った.

2.2. 分析方法
31P NMRを用いた分析については,Cade-Menun (1995)に準じて行った.10L分の懸濁粒子を含んだ濾紙を,NaOH (0.25 mol L-1), EDTA (0.05 mol L-1)を含んだ溶液を用いて4時間抽出した.その抽出液をただちに凍結乾燥させた.凍結乾燥後の粉末状の物質を再度NaOH (1 mol L-1), D2Oを含んだ溶液で再溶解させ,NMRを用いて分析を行った.NMRの詳細な分析条件設定についてはShinohara et al. (2012)を参照されたい.NMRで定量されたリン化合物について,波形分離法を用いてRNA-Pなどを分離・定量した.
 POCに関しては1 mol L-1の塩酸を用いて脱無機炭酸処理をした後,CNコーダー(Yanako)を用いて分析を行った.chlorophyll aの分析については,濾紙を100%メタノールに一昼夜浸けた後,ユネスコ法を用いて測定した.

3. 結果と考察
NaOH-EDTAで抽出されたリンは,懸濁態リンに対して,平均して約50%程度の抽出率であった.NMRを用いて分析した結果,有機態リンは,NaOH-EDTA抽出態のうち,約57%を占めており,主に,RNA-P, DNA-P, リン脂質が含まれていた.無機態リンとしては,オルトリン酸,ピロリン酸などが含まれており,平均して約43%程度であった.DNA-P, RNA-Pに含まれるリンは有機態リンのほとんどを占めており,これらのリンのプールが懸濁物質中では重要であろうと推察された.とりわけ,RNA-Pは,DNA-Pより平均して3倍程度存在しており,RNA-Pの変動はDNA-Pより大きく変動していた.
 RNA-PはPOC濃度と有意な正の相関を示しており,その変動は炭素量に大きく依存していることが明らかになった.それに対して,DNA-PはPOCやchlorophyll aと明瞭な関係性が見られなかった.これはDNA-Pが二つの過程によって生成されると考えると説明できる.
 過程1は,DNA-P含有量が少ない植物プランクトンの枯死・バクテリアによる分解に伴ってDNA-Pが増加するプロセスである.これは,植物プランクトンが分解されるとDNA-Pが増加するという報告に一致する.過程2は,DNA-P含有量が多い植物プランクトンの増加に伴ってDNA-Pが増加するプロセスである.DNA含有量は植物プランクトンの種類によって異なるという報告がある.本研究では植物プランクトンの種類別に含まれるDNA-P量の把握は行っていないが,これについては今後の課題である.
 本研究では,植物プランクトン・有機炭素量と,核酸に含まれるリンの濃度との比較検討を行い,RNA-P, DNA-Pで異なる変動を示すことが明らかになった.これまで,それぞれのリンについての形態変化は計測されてきたものの,核酸に含まれるリンと,水中における一次生産との関係は明らかにされてこなかった.植物プランクトンの季節性や,河川からの栄養塩負荷などとの関連を明らかにすることが今後の課題である.

Shinohara, R.; Imai, A.; Kawasaki, N.; Komatsu, K.; Kohzu, A.; Miura, S.; Sano, T.; Satou, T.; Tomioka, N., Biogenic phosphorus compounds in sediment and suspended particles in a shallow eutrophic lake: A 31P-Nuclear Magnetic Resonance (31P NMR) study. Environmental Science & Technology 2012, 46, 10572?10578.
Cade-Menun, B.; Preston, C., A comparison of soil extraction procedures for 31P NMR spectroscopy. Soil Science 1996, 161, 770.