日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS32] 地震活動

2015年5月26日(火) 16:15 〜 18:00 A04 (アパホテル&リゾート 東京ベイ幕張)

コンビーナ:*林 能成(関西大学社会安全学部)、座長:千葉 慶太(防災科学技術研究所)、中野 優(独立行政法人海洋研究開発機構)

16:45 〜 17:00

[SSS32-09] 1945年三河地震の余震震源再決定と断層面推定

*古川 信雄1 (1.建築研究所国際地震工学センター)

1.はじめに
 1945年1月13日に発生した三河地震(M 6.8)は、南海トラフで発生した東南海地震(1944年12月7日、M 7.9)後の誘発地震である。地震波・地殻変動・津波データ等の解析からいくつかの断層モデルが提唱されている。代表的なモデルは以下である。
 浜田(1987)は気象庁のデータを用いて、前震・本震・余震の震源を再決定した。主な結果は以下である。1)本震は、震源域南端の深部で発生。2)前震は本震の東側浅部で発生。3)余震域の大きさは、北北西-南南東方向に約30 km、東北東-西南西方向に約15 km。浜田(1987)は上記震源分布と本震の発震機構、地殻変動を考慮して、「北西-南東走向を持つ南西に傾斜した左横ずれの逆断層を第一近似断層モデルとして提案した。
 一方、高野・藤井(2009)は、三河地震に伴い出現した二つの地表地震断層である深溝断層と横須賀断層の位置と三角測量結果から2枚の断層からなる以下の震源断層モデルを提案した。1)断層の走向は共にN7°W。2)深溝断層がほぼ上端となる南側のセグメント1は、長さと幅が共に13 kmで、41°で西傾斜。3)約7 km西にある横須賀断層が上端となる北側のセグメント2は長さと幅がそれぞれ8 kmと11 kmで、70°で西傾斜。
 浜田(1987)の余震分布は、おおむね高野・藤井(2009)震源断層モデルと一致するものの、深さの議論がなされていないため、余震発生場所と断層面との詳しい関係を議論することができない。そこで、これらの議論を可能にするために、本研究では改良連携震源決定法(Hurukawa, 1995)を用いて三河地震の前震・本震・余震の震源を再決定した。

2.データ
 解析には気象庁地震観測点におけるP波とS波の初動走時を用いた。期間は1945年1月1日から31日までの1か月間。範囲は、北緯34.4o - 35.2o、東経136.6o - 137.4oで、全ての深さ。なお、同一観測点でP波とS波の読取値がある場合は、あたかも異なる独立な観測点のデータとみなして取り扱った。走時残差(O-C)が大きい読取値を徐々に取り除き、最終的にO-C < 3 sの読取値のみを用いた。その結果、「46地震以上用いた観測点」の条件を満たした39観測点(22 P波観測点と17 S波観測点)を用いて、「読取値が25個以上の地震」の条件を満たした92地震の震源を再決定した。

3.結果
 再決定震源分布の特徴はおおむね浜田(1987)に一致する。震源精度、特に深さ精度が向上したために、更に以下のことが明らかになった。
1)高野・藤井(2009)震源断層モデルに対応する、南北2枚の余震分布が見られる。
2)南の断層(セグメント1)の上盤側でも多くの余震が発生している。
3)両断層を結ぶ東西の地表地震断層付近にも地震活動が見られる。
 浜田(1987)が精査したように、気象庁の初動読取値の精度は1940年代であってもかなり高く、精度は3秒以内程度であり、深さも含めた地震活動の詳しい解析が可能であることが確かめられた。

(参考文献)
浜田信生, 1987, 気象研究所研究報告, 38, 77-156.
Hurukawa, N., 1995, Geophys. Res. Lett., 22, 3159-3162.
高野和友・木股文昭、2009、地震第2輯, 62, 85-96.