日本地球惑星科学連合2015年大会

講演情報

口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-VC 火山学

[S-VC49] 火山の熱水系

2015年5月25日(月) 14:15 〜 16:00 102B (1F)

コンビーナ:*藤光 康宏(九州大学大学院工学研究院地球資源システム工学部門)、鍵山 恒臣(京都大学理学研究科)、大場 武(東海大学理学部化学科)、座長:藤光 康宏(九州大学大学院工学研究院地球資源システム工学部門)、小森 省吾(独立行政法人産業技術総合研究所)

15:00 〜 15:15

[SVC49-04] 箱根山大涌谷火山ガス組成の時間変化

*大場 武1青木 涼1重村 大成1左合 正和1代田 寧2程 林3池谷 康祐3角皆 潤3 (1.東海大学理学部化学科、2.神奈川県温泉地学研究所、3.名古屋大学大学院環境学研究科)

キーワード:箱根, 火山ガス, 化学組成, 火山性地震, CO2, He


2014年に多数の犠牲者を出した御嶽山の噴火は,地震観測と地殻変動観測だけでは水蒸気爆発の予知が難しいことを我々に改めて認識させた.火山噴火の駆動力はマグマの脱ガスあるいは熱水リザーバの爆発であり,マグマや熱水リザーバから放出される揮発性成分の一部は,火山ガスの成分を構成する.よって火山ガスは,火山噴火を理解し,予知する上で本質的に重要な研究対象と言える.
箱根山で有史の噴火記録はないが,カルデラ内ではたびたび火山性地震が群発する.例えば2001年6月から10月にかけて発生した地震活動は活発で,中央火口丘の地下で体積膨張が観測され,山体に地殻変動をもたらした.この地殻変動は,深さ7kmの球状圧力源と,大涌谷および駒ケ岳の浅部における潜在的な開口割れ目により説明された(代田・他,2009).2001年7月には大涌谷に掘削されていたボーリング孔の蒸気放出圧力が異常に増大した(辻内ほか,2003).
箱根山のカルデラ内には,15000人が居住し,平均して毎日5万人の観光客が訪れている.箱根山における火山防災を目的とし,神奈川県温泉地学研究所は地震活動,地殻変動,および地下水位等の多項目の観測を1961年以来継続している.本研究では火山ガスの組成に着目し,大涌谷地熱地帯で火山ガスの繰り返し採取・分析し,地震活動との関連を調べることを目的とする.

火山ガスの採取・分析
大涌谷地熱地帯の自然噴気を2地点において2013年5月からほぼ毎月2015年1月まで繰り返し採取・分析した.採取地点のひとつは,駐車場の 南東200mにある噴気で,ここでは定点と呼ぶ.二か所目は,駐車場の北方500mの山麓にある噴気で,近年になり出現した.この噴気を新噴気と呼ぶ.新噴気の周辺では,樹木が枯死している.両者とも,噴気の出口温度は96℃前後であり,水の沸点に近い.定点の噴気は,温泉水の湧出を伴うが,新噴気では,蒸気のみが放出されている.噴気は5MのKOH水溶液20mlを入れた真空瓶で採取した.噴気中のSO2/H2S比を測定する目的で,噴気を酸性KIO3-KI混合溶液と反応させた.噴気の水蒸気の安定同位体比を測定するために,2重ガラス管からなる凝縮器で凝縮水を採取した.
真空瓶のKOH溶液とKIO3-KI溶液は小沢(1968)の手法で湿式分析し,H2O,CO2,H2S,SO2の量を決定した.真空瓶のヘッドスペースに溜まった気体はArとHeをキャリアガスとした2種類のガスクロマトグラフで分析し,He,H2,O2,N2,CH4,Arの相対濃度を決定した.凝縮水の安定同位体比は赤外レーザー光を用いたキャビティリングダウン法により測定した.真空瓶のヘッドスペースに溜まった気体に含まれるH2については、Komatsu et al. (2011)に従って、超高純度ヘリウムのキャリヤガス中で沸点差を利用して精製した上で、連続フロー型の質量分析システム(質量分析計本体はThermo Fischer Scientific社製Delta V)を用いて安定同位体比を決定した.

結果・考察
定点と新噴気の組成は両者とも98%程度が水蒸気で占められ,次いでCO2が1~2%含まれていた.定点の噴気は,H2Sを0.2~0.4%含み,新噴気はその濃度が,0.036~0.050%と約10分の1であった.定点の噴気のCO2/H2O比は,2013年5月から10月にかけて単調に減少し,その後横ばい傾向が2014年9月まで続いたが,同年10月に小さな上昇を示した.これらの傾向は新噴気でも共通していた.2014年10月には箱根山地域で50回程度の火山性地震が観測されており,CO2/H2O比の上昇はこの活動に対応しているように見える.CO2/H2S比の変動は両地点について,ほぼCO2/H2O比の変動に類似していた.定点で観測したHe/H2O比には興味深い変動が見出された.2014年10月のCO2/H2O比の上昇の一月前の9月に上昇を示し,10月には低下した.あたかもCO2/H2O比上昇の前触れを告げているかのようであった.熱水系の温度情報を得るために,噴気に含まれるH2OとH2の水素同位体比の差から見かけ平衡温度を計算した.定点の平衡温度は,2013年5月に141℃と高く,その後急速に100℃程度まで低下したが,2013年11月と2014年8月に10℃程度の小さな上昇を示した.これに対し新噴気の平衡温度は変動が少なく,2013年5月の92℃から緩やかに上昇し,2014年8月には104℃に達した.見かけ平衡温度の時間変動は噴気の化学組成に比較して滑らかであり熱水系の温度情報を与える有力な手段といえる.