14:45 〜 15:00
[HTT31-10] 安定同位体比を用いた食性解析におけるmixing problemの影響とその解消方法について
キーワード:安定同位体, 炭素, 窒素, イオウ, 混合モデル, ヒグマ
動物の組織を構成する安定同位体の存在比は、その生物が利用した食物源の安定同位体比で決まる。従って、動物の組織とその餌資源の安定同位体比を測定することで、対象動物の食性推定を行うことができる。安定同位体を用いた食性分析研究は、個体ごとに長期間の食性を推定できる点や、過去の試料などにも応用可能であることから、人類学、生態学、考古学など様々な分野で有用なツールとして使用されている。そして、現在最も広く利用されているのが炭素(δ13C)と窒素(δ15N)の安定同位体比を用いた食性分析手法である。δ13C値はC3植物とC4植物で顕著に異なる値を示すことから、それぞれの植物が基盤となる生態系への寄与率を調べることができる。また、δ15N値は生物の栄養段階に従って値が上昇することから、対象動物がどの栄養段階の食物源により依存したかを推定することが可能である。さらに、近年では食物資源と対象動物の同位体比値から各食物資源の寄与率を推定する、混合モデルによる解析を行う研究も見られるようになった。
しかしながら、安定同位体分析による結果の解釈を行う上では、いくつかの留意点が存在する。そして、食物資源と組織の同位体比の分布によって生じるmixing problemもその一つである。これは、多くの食物資源(e.g. 4種類以上)を利用する動物の食性解析でしばしば生じる問題であり、動物の同位体比値を説明し得る各食物の寄与率が大きな幅を持つ場合に、混合モデルなどの推定結果にバイアスが生じる現象を意味する。このような分布が見られる場合には、混合モデルの使用の有無に関わらず同位体分析の結果の解釈が困難となるが、現在でもこの問題は十分に認識されていない。
本研究では、北海道のヒグマ(Ursus arctos)を例としてmixing problemの実例とその解消方法を、実際のデータを用いて示すことを目的とする。雑食動物であるヒグマは、C3植物や陸上動物、サケ、農作物(C4植物を含む)など様々な食物資源を利用する。そして、C3植物と陸上動物及びサケの炭素・窒素同位体比値は、二次元プロット上でほぼ一直線上に分布し、ヒグマの同位体比値はその中間付近に分布する。このような状況では、中間付近の食物の利用割合が高いと考えられがちだが、実際には両端の食物のみの混合でもヒグマの同位体比値を説明することができる。この状況を解消するためには、一直線上に位置する食物のいずれかを明確に分離できる同位体元素を追加する必要がある。本研究では、海由来の資源と陸域の資源を明確に分離できるイオウの安定同位体を追加することで、北海道のヒグマにおけるmixing problemの解消を試みた。
北海道の北東端に位置する知床半島のヒグマ190個体の骨コラーゲンとその食物資源(C3草本類、C3果実類、コーン、陸上動物類、サケ)のサンプリングを行い、炭素・窒素・イオウ安定同位体比値を測定した。続いて、炭素・窒素のみの場合(2種)と炭素・窒素・イオウを用いた場合(3種)で、混合モデル(SIAR)を用いて個体ごとに各食物の利用割合を推定した。そして、推定された事後分布の中央値と95%信頼区間の範囲を、2種の同位体を用いた場合と3種の場合とで比較した。
食物資源の炭素・窒素同位体比値は、C3草本類、C3果実類、陸上動物類、サケがほぼ一直線上に分布しており、陸上動物類が直線の中間に位置していた。ヒグマの値は、多くがこの4種の食物が形成する直線状に分布していた。2種安定同位体で推定した各食物資源(C3草本類、C3果実類、コーン、陸上動物類、サケ)の寄与率の平均値は、それぞれ33.2%, 28.1%, 8.4%, 19.0%, 6.4%であり、3種の場合はそれぞれ36.5%, 28.3%, 6.8%, 11.4% 10.5%となった。2種と3種の場合での推定値の差は、陸上動物類で12.0%と最も大きく、次いでC3草本類(5.3%)、サケ(5.1%)であった。3種の場合に比べて2種の場合では陸上動物の寄与率が過大評価(最大53.3%)され、サケ及びC3草本類の寄与率が過小評価される傾向にあった。
本研究では、mixing problemによって食性推定の結果にバイアスが生じることを実際のデータを用いて示すことに成功した。仮設の通り、食物が形成する直線の真ん中に位置する陸上動物類の寄与率が過大評価され、両端の資源(C3草本類とサケ)の寄与率が過小評価されていた。これらの結果から、mixing problemが想定される状況では同位体データを正確に解釈することが困難であることが示唆された。従って、このような場合には新たな同位体元素の追加や生じるバイアスに関する議論を行うことが重要だと考えられる。
しかしながら、安定同位体分析による結果の解釈を行う上では、いくつかの留意点が存在する。そして、食物資源と組織の同位体比の分布によって生じるmixing problemもその一つである。これは、多くの食物資源(e.g. 4種類以上)を利用する動物の食性解析でしばしば生じる問題であり、動物の同位体比値を説明し得る各食物の寄与率が大きな幅を持つ場合に、混合モデルなどの推定結果にバイアスが生じる現象を意味する。このような分布が見られる場合には、混合モデルの使用の有無に関わらず同位体分析の結果の解釈が困難となるが、現在でもこの問題は十分に認識されていない。
本研究では、北海道のヒグマ(Ursus arctos)を例としてmixing problemの実例とその解消方法を、実際のデータを用いて示すことを目的とする。雑食動物であるヒグマは、C3植物や陸上動物、サケ、農作物(C4植物を含む)など様々な食物資源を利用する。そして、C3植物と陸上動物及びサケの炭素・窒素同位体比値は、二次元プロット上でほぼ一直線上に分布し、ヒグマの同位体比値はその中間付近に分布する。このような状況では、中間付近の食物の利用割合が高いと考えられがちだが、実際には両端の食物のみの混合でもヒグマの同位体比値を説明することができる。この状況を解消するためには、一直線上に位置する食物のいずれかを明確に分離できる同位体元素を追加する必要がある。本研究では、海由来の資源と陸域の資源を明確に分離できるイオウの安定同位体を追加することで、北海道のヒグマにおけるmixing problemの解消を試みた。
北海道の北東端に位置する知床半島のヒグマ190個体の骨コラーゲンとその食物資源(C3草本類、C3果実類、コーン、陸上動物類、サケ)のサンプリングを行い、炭素・窒素・イオウ安定同位体比値を測定した。続いて、炭素・窒素のみの場合(2種)と炭素・窒素・イオウを用いた場合(3種)で、混合モデル(SIAR)を用いて個体ごとに各食物の利用割合を推定した。そして、推定された事後分布の中央値と95%信頼区間の範囲を、2種の同位体を用いた場合と3種の場合とで比較した。
食物資源の炭素・窒素同位体比値は、C3草本類、C3果実類、陸上動物類、サケがほぼ一直線上に分布しており、陸上動物類が直線の中間に位置していた。ヒグマの値は、多くがこの4種の食物が形成する直線状に分布していた。2種安定同位体で推定した各食物資源(C3草本類、C3果実類、コーン、陸上動物類、サケ)の寄与率の平均値は、それぞれ33.2%, 28.1%, 8.4%, 19.0%, 6.4%であり、3種の場合はそれぞれ36.5%, 28.3%, 6.8%, 11.4% 10.5%となった。2種と3種の場合での推定値の差は、陸上動物類で12.0%と最も大きく、次いでC3草本類(5.3%)、サケ(5.1%)であった。3種の場合に比べて2種の場合では陸上動物の寄与率が過大評価(最大53.3%)され、サケ及びC3草本類の寄与率が過小評価される傾向にあった。
本研究では、mixing problemによって食性推定の結果にバイアスが生じることを実際のデータを用いて示すことに成功した。仮設の通り、食物が形成する直線の真ん中に位置する陸上動物類の寄与率が過大評価され、両端の資源(C3草本類とサケ)の寄与率が過小評価されていた。これらの結果から、mixing problemが想定される状況では同位体データを正確に解釈することが困難であることが示唆された。従って、このような場合には新たな同位体元素の追加や生じるバイアスに関する議論を行うことが重要だと考えられる。