日本地球惑星科学連合2015年大会

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セッション記号 B (地球生命科学) » B-BG 地球生命科学・地圏生物圏相互作用

[B-BG21] 熱帯ー亜熱帯沿岸生態系における物質循環

2015年5月27日(水) 18:15 〜 19:30 コンベンションホール (2F)

コンビーナ:*渡邉 敦(東京工業大学 大学院情報理工学研究科 情報環境学専攻)、本郷 宙軌(琉球大学理学部物質地球科学科)、宮島 利宏(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系 生元素動態分野)

18:15 〜 19:30

[BBG21-P02] 造礁サンゴによるリンの取込が溶存態リン酸の酸素安定同位体比に与える効果

Charissa M. Ferrera1渡邉 敦1灘岡 和夫1梅澤 有2森本 直子3中村 隆志1、*宮島 利宏3 (1.東京工業大学大学院情報理工学研究科、2.長崎大学水産学部、3.東京大学大気海洋研究所)

キーワード:リン酸, 同位体効果, 酸素安定同位体, 造礁サンゴ, 沿岸海洋生態系

水域におけるリンの生物地球化学的動態を理解するためのツールとして、溶存態リン酸の酸素安定同位体比(δ18Op)をリン酸の起源のトレーサーとして利用する方法が近年注目を集めている。リン酸の酸素安定同位体比はリン酸を利用する生物による同位体効果を受けるため、生物によるリンの利用形態を把握するための情報源としても利用できる可能性がある。しかしながら生物過程におけるδ18Opに対する同位体効果については、生物体内では酵素に媒介されるリン酸と周囲の水分子との酸素同位体交換による強い平衡化の作用が働くという事実以外は、まだ十分に解明が進んでいない。δ18Opを水域のリン・サイクルのトレーサーとして有効に利用できるようになるためには、一次生産者によるリン酸の取込過程など、リン・サイクルを支配する主要な生物化学的プロセスについて、その反応速度論とδ18Opに対する同位体効果の大きさとを評価してデータベース化する必要がある。
本研究では、熱帯・亜熱帯沿岸海洋生態系の主要な一次生産者の一つである造礁サンゴを用いてモデル実験を行い、サンゴによるリン酸の取込に伴う酸素同位体効果を評価した。実験では石垣島とルソン島の沿岸海域から採集したサンゴ(Porites cylindrica, Heliopora coerulea, Acropora digitifera)を用い、屋外水槽内で数日間訓化飼育を行ったのち、実験水槽で自然光条件下、NO3-とPO43-を添加して72-120時間の飼育実験を行った。実験中定期的に飼育海水を採取し、PO43-の濃度と酸素安定同位体比の分析に供した。
自然条件下に比べてかなり高いPO43-濃度で実験を行ったため、実験期間中PO43-はサンゴによってほぼ一定の速度で取り込まれた。石垣島の実験では、サンゴ表面単位面積あたりの取込速度は冬季よりも夏季の方が高く、温度依存性が認められた。サンゴ種間での取込速度の違いは明瞭ではなかった。実験初期のδ18Opは、実験海水との同位体交換平衡値に比べて3‰程度低い値であった。実験期間中、多くの飼育系ではPO43-の取込に伴ってδ18Opが上昇し、いくつかの系では実験海水との同位体交換平衡値よりも高くなったが、取込にかかわらずδ18Opがほとんど変化しない系もあった。このことは、実験中のδ18Opの上昇は、海水との同位体交換平衡化によるものではなく、サンゴに特有の取込に伴う速度論的同位体効果によるものであることを示唆している。この同位体効果の大きさには種間差があり、A. digitiferaで最も大きくH. coeruleaで最小であった。
自然環境下ではPO43-の濃度はこの実験において用いられた濃度よりも1桁以上低いことから、自然界における造礁サンゴをはじめとする一次生産者によるリンの代謝回転ははるかに速く、それがδ18Opに及ぼす効果も大きくかつ短時間で現れると考えられる。このことは、δ18Opをリンの代謝回転の指標として利用する場合の有効性を保証する反面、サンゴ礁のような貧栄養海域において外来性PO43-のトレーサーとして起源評価にδ18Opを利用する際の限界をも示している。