日本地球惑星科学連合2015年大会

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口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ45] 地球科学の科学史・科学哲学・科学技術社会論

2015年5月24日(日) 14:15 〜 15:00 203 (2F)

コンビーナ:*矢島 道子(東京医科歯科大学教養部)、青木 滋之(会津大学文化研究センター)、山田 俊弘(千葉県立船橋高等学校)、吉田 茂生(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、座長:青木 滋之(会津大学文化研究センター)、吉田 茂生(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)

14:15 〜 14:30

[MZZ45-08] 地球科学における学際的分野への参入過程~島津康男教授・熊沢峰夫教授のオーラルヒストリーから~

*林 能成1山田 俊弘2栗田 敬3野内 玲4 (1.関西大学社会安全学部、2.千葉県立船橋高等学校、3.東京大学地震研究所、4.名古屋大学)

キーワード:オーラルヒストリー, 地球科学, 一人学際, 名古屋大学

地球物理学を構成する地震学、気象学、測地学、地球電磁気学といった諸分野は、天気予報、地震予知、地図作成といった実用的要請と直結した要素を内包している。そのため、特に第二次世界大戦後に、この分野の教育・研究を担当する大学の研究所や学科・講座は急拡大した。
特に固体地球物理学分野は、プレートテクトニクスの理論的枠組みの確立や地震予知・火山噴火予知計画の推進によって、1960年代から80年代にかけて職業研究者数のめざましい増加があった。国家的な政策目標にもとづく科学研究の推進という追い風の中、多くの人材がアカデミックポストに就ける時代でもあった。だが、そのように急拡大した地震予知や火山噴火予知に関係する分野の科学研究が目覚ましく発展したわけではない。人員数や組織運営体制から大学にはあまり向いていないルーチンワーク的な業務が増え、組織にも研究者個人にも、必ずしも幸福な結果をもたらさなかった。
一方で、そのような時代背景や社会的要請に飲みこまれることなく、自発的に新しい研究分野を開拓し、その分野が発展していくための重要な第一歩となる成果をあげた研究者も存在する。本研究では1960年代から70年代に新規の研究分野を開拓した2人の研究者のオーラルヒストリーを収集し、研究者の思想や研究環境などに特徴的な点が見られないかを検討した。
今回、対象とした研究者は島津康男博士と熊沢峰夫博士である。二人とも名古屋大学理学部地球科学科で活躍した研究者で、島津博士は学科設立直後に26歳で地球物理学講座に助教授として赴任し、熊沢博士は初期の学生として指導を受けて博士号を取得し、その後、同講座の助手に就任している。
島津博士は40歳までの若手研究者の時期には固体地球内部の物理過程についての研究を進めたが、1966年に「SMLES」という研究グループをたちあげ古典的な地球科学の枠を超えた様々な研究に手を広げた。コンピューターシミュレーションに基づく「自然のしくみ」についての研究をスタートに、その結果を応用して「どうなるか」の予想にとどまらず「どうするか」の計画までを対象にした「国土科学」と呼ぶ分野に発展させた。その後、地域に住み込んで環境問題等における市民の意思決定に関与する研究(3A)も進め、現在でも環境アセスメントの専門家(本人はそのつもりはないとおっしゃられているが)として活動を続けている。
熊沢博士は学位取得後にはじめた高温高圧条件下における岩石実験で多くの成果をあげ、装置開発の重要性を同時代の地球科学者に強く印象づけるとともに、その後、日本が世界をリードするこの分野を担う研究者を多数育てた。
オーラルヒストリーの聞き取りは、同意をいただいた研究者の方の自宅で行い、1回あたり3時間程度を目安に実施した。現時点までに1人の研究者について2回から5回の聞き取りが完了しており、その後も聞き取りを継続している。聞き手の専門分野に一定の幅をもたせ、地震学、固体地球物理学のみならず、科学史、科学哲学の研究者も聞き手に入っているのが特徴である。
現時点での暫定的な結果であるが、少なくとも3つの共通した証言が卓越した2人の研究者から得られている。まず、新しい研究課題に切り込む「道具」を磨くことである。島津博士は計算機を用いた数値計算に学生時代から取り組み絶大な自信を持っていた。熊沢博士は大学院時代の研究への必要性から取得した旋盤などの工作機械の活用技術と、工作機械の運営母体となる「工場」の重要性を確信し、それらを研究基盤の1つとして高圧実験の具体化を進めた。2つ目に類似している点は、異分野の研究者との交流の機会を楽しんでいることである。島津博士は集中講義の機会を使って生態学などの研究者と交流し、熊沢博士は工場に出入りする中で実験物理学の研究者らと交流している。3つ目に、実質的な指導教員との年齢差があげられる。島津博士は大学院時代に共同研究を進めた竹内均博士と6歳の年齢差であり、熊沢博士は島津博士と7歳の年齢差である。両者とも「先生と同じことをしていては、先生を抜くことはできないと考えた」という趣旨の証言をしている。
近年、大学等における助教のポスト削減や、教授の定年延長などがあり、この年齢差の「兄弟子」に恵まれる機会が減っている。科学研究の発展に欠かせない要素と考え、更に検討を深める予定である。

本研究は東京大学地震研究所・京都大学防災研究所平成26年度拠点間連携共同研究「先駆的研究者のオーラルヒストリーから探る地震・火山分野の人材育成モデル」(研究代表者:林能成)の成果の一部である。

参考文献
島津康男 1983: 国土学への道――資源・環境・災害の地域科学, 名古屋大学出版会.
島津康男 2010: 島津奔る(増補版).
住友則彦 2010: 京大の地震予知研究, 京大地球物理学研究の百年, 2: 37-40.
立花隆 2002: サイエンスミレニアム, 文春文庫.