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[SGL39-07] 火星表層環境史の解明に向けた、火星隕石の水素同位体比&ウランー鉛年代のNanoSIMS局所同位体比分析
キーワード:火星隕石, NanoSIMS, 水素同位体比, ウランー鉛年代分析, リン酸塩鉱物, メルト・インクルージョン
水は、地球型惑星の表層環境や生命の存在にとって、非常に重要な物質である。火星表層には粘土鉱物や流水地形が見られ、かつて液体水が存在したことが示唆される[1][2]。しかし、水の存在期間や規模については十分わかっていない。現在の火星大気の水素同位体比(D/H比)は地球の5倍以上重水素に富み[3]、過去の大規模な表層水散逸が指摘されている。一方で、火星隕石は過去の表層水や初生水のD/H比を記録するため、表層水散逸史の手がかりとして期待される[4][5][6][7][8]。特に、隕石中のリン酸塩鉱物は、D/H比とともにウランー鉛年代の情報を持つため、隕石の記録から過去の環境を推定する上で重要である。本研究では、2種類の特徴的な火星隕石: 太古のorthopyroxeniteであるALH 84001 (ALH) と、若いenriched shergottiteであるLAR 06319 (LAR) について、リン酸塩鉱物のD/H比とウランー鉛年代を調べ、さらにLARのメルト・インクルージョンのD/H比を調べた。
ALHでは、ウランー鉛年代既知[9]のメルリライト3粒のD/H比を分析した。LARでは、複数のリン酸塩(アパタイト、メルリライト)にてウランー鉛年代を求めた後、リン酸塩鉱物とメルト・インクルージョンのD/H比を調べた。分析には、東京大学大気海洋研究所設置の二次イオン質量分析計NanoSIMSを用いている。年代分析は先行研究[9]と同条件で行った。D/H比分析は、一次イオンにCs+を用い、1H-, 2D-, 12C-, 18O- の二次イオンを計測し、標準試料としてモロッコ産の天然アパタイトおよびNIST SRM 610ガラスを利用した。また、表面吸着水素による汚染を防ぐため、試料は金蒸着の前後で各一晩、約100度でベイクしている。さらに、先行研究[7]に従い、チャンバ内の残留水素、試料クラック中の有機物による汚染を軽減した。
ALHメルリライトのD/H比は、δD値で-300~1970‰であった。これは、報告されているALHの炭酸塩鉱物およびマスケリナイトのD/H比と整合的である[4]。同じメルリライト粒のウランー鉛が3990Maの変成年代を示すことから[9]、このD/H比は、3990Maの衝撃加熱またはその後の水質変成で取り込まれた表層水の情報であると思われる。また本結果は、約40億年前までに火星表層水の大部分が失われたとする二段階進化説[5]を支持する。一方、LARリン酸塩鉱物のウランー鉛年代は167+/-57 Maと得られ、他の年代系と誤差の範囲内で一致した。リン酸塩鉱物のウランー鉛系は形成以降、閉鎖系であったと解釈できる。LARのD/H比は、アパタイト: 3340~4380‰, メルリライト: 1070~5260‰, メルト・インクルージョン: 1150~6830‰となり、鉱物ごとの違い(i.e. インクルージョン>メルリライト>アパタイト) が見られた。同様の傾向が、他のshergottite隕石でも報告されている[7]。リン酸塩鉱物が形成後に変成を受けていないとすれば、リン酸塩鉱物のD/H比は、マグマが取り込んだ地殻物質を反映していると思われる。一方で、インクルージョンの結果から、より高いD/H比を持つ水が、メルトの捕獲過程または鉱物形成後にインクルージョンに取り込まれた可能性が考えられる。
[1] Bibring et al. (2006) Science 312, 400-404. [2] Ehlmann et al. (2011) Nature 479, 53-60. [3] Owen et al. (1988) Science 240, 1767-1770. [4] Sugiura and Hoshino (2000) Meteorit. Planet. Sci. 35, 373-380. [5] Greenwood et al. (2008) Geophys. Res. Lett. L05203, 1-5. [6] Usui et al. (2012) Earth Planet. Sci. Lett. 357, 119-129. [7] Hu et al. (2014) Geochim. Cosmochim. Acta 140, 321-333. [8] Usui et al. (2015) Earth Planet. Sci. Lett. 410, 140-151. [9] Koike et al. (2014) Geochem. J. 48, 423-431.
ALHでは、ウランー鉛年代既知[9]のメルリライト3粒のD/H比を分析した。LARでは、複数のリン酸塩(アパタイト、メルリライト)にてウランー鉛年代を求めた後、リン酸塩鉱物とメルト・インクルージョンのD/H比を調べた。分析には、東京大学大気海洋研究所設置の二次イオン質量分析計NanoSIMSを用いている。年代分析は先行研究[9]と同条件で行った。D/H比分析は、一次イオンにCs+を用い、1H-, 2D-, 12C-, 18O- の二次イオンを計測し、標準試料としてモロッコ産の天然アパタイトおよびNIST SRM 610ガラスを利用した。また、表面吸着水素による汚染を防ぐため、試料は金蒸着の前後で各一晩、約100度でベイクしている。さらに、先行研究[7]に従い、チャンバ内の残留水素、試料クラック中の有機物による汚染を軽減した。
ALHメルリライトのD/H比は、δD値で-300~1970‰であった。これは、報告されているALHの炭酸塩鉱物およびマスケリナイトのD/H比と整合的である[4]。同じメルリライト粒のウランー鉛が3990Maの変成年代を示すことから[9]、このD/H比は、3990Maの衝撃加熱またはその後の水質変成で取り込まれた表層水の情報であると思われる。また本結果は、約40億年前までに火星表層水の大部分が失われたとする二段階進化説[5]を支持する。一方、LARリン酸塩鉱物のウランー鉛年代は167+/-57 Maと得られ、他の年代系と誤差の範囲内で一致した。リン酸塩鉱物のウランー鉛系は形成以降、閉鎖系であったと解釈できる。LARのD/H比は、アパタイト: 3340~4380‰, メルリライト: 1070~5260‰, メルト・インクルージョン: 1150~6830‰となり、鉱物ごとの違い(i.e. インクルージョン>メルリライト>アパタイト) が見られた。同様の傾向が、他のshergottite隕石でも報告されている[7]。リン酸塩鉱物が形成後に変成を受けていないとすれば、リン酸塩鉱物のD/H比は、マグマが取り込んだ地殻物質を反映していると思われる。一方で、インクルージョンの結果から、より高いD/H比を持つ水が、メルトの捕獲過程または鉱物形成後にインクルージョンに取り込まれた可能性が考えられる。
[1] Bibring et al. (2006) Science 312, 400-404. [2] Ehlmann et al. (2011) Nature 479, 53-60. [3] Owen et al. (1988) Science 240, 1767-1770. [4] Sugiura and Hoshino (2000) Meteorit. Planet. Sci. 35, 373-380. [5] Greenwood et al. (2008) Geophys. Res. Lett. L05203, 1-5. [6] Usui et al. (2012) Earth Planet. Sci. Lett. 357, 119-129. [7] Hu et al. (2014) Geochim. Cosmochim. Acta 140, 321-333. [8] Usui et al. (2015) Earth Planet. Sci. Lett. 410, 140-151. [9] Koike et al. (2014) Geochem. J. 48, 423-431.