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★ [MIS25-07] 2011年東北地方太平洋沖地震は1000年に1回のイベントだったのか?
キーワード:日本海溝, 津波堆積物, 再来間隔
2011年東北地方太平洋沖地震が発生した際,「1000年に1回の大災害」という報道が見られた.これは,2011年の地震が869年貞観地震の再来であるという推定が根拠となっている.しかし,演者らの研究により,1454年享徳地震は日本海溝中部を波源の一部としたことが明らかになり,「貞観地震に似た地震」は必ずしも1000年に1回ではなかったことがわかった.
山梨市の普賢寺で書き綴られた(磯貝・服部1976 影印甲斐戦国史料叢書)王代記によれば,1454年に奥州で大きな地震と津波が発生している. 一方,宮城?茨城県沿岸の津波堆積物研究をまとめたSawai et al. (2012 GRL)は,室町時代くらいの時期に津波堆積物(砂層K)を報告し,これを1454年享徳地震による痕跡と推定した.最近こうした報告が見直され,行谷・矢田(2014 地震)は王代記の信頼性などから1454年に東北地方太平洋沿岸に大きな津波が襲来したことはほぼ間違いないと述べている.
以上のような背景の中,演者らは仙台平野の北部において大型ジオスライサーによる掘削調査を行った.掘削の結果,915年十和田a火山灰の上位に泥炭層が確認され,この泥炭層中には薄い砂層(砂層A)が認められた.砂層Aの上位と下位の地層から植物化石(種など具体的に)を拾い出し放射性炭素年代測定を行ったところ,砂層Aの堆積年代は1429?1526年(1 sigma range)(1406?1615 年;2 sigma range)という値を示した.砂層A中の珪藻化石を観察した結果,その群集は砂層Aが海からの遡上流により堆積したことを示していた.また,海岸線の前進を考慮しても,砂層Aは当時の海岸線から1 km程度まで分布していると推定された.以上の根拠から,本研究での砂層Aを津波堆積物と推定し,その起源を享徳地震とした.
本研究と先行研究によって示された津波堆積物の分布を,数値シミュレーションによって再現しようとした.ここでは,Sawai et al. (2012 GRL)を参考にして,5つのケースを想定した.その結果,日本海溝中部(仙台湾沖)において, 長さ200 km,幅100 km の断層(Mw8.4)をすべらせた場合に,津波の浸水範囲と砂質堆積物の分布がおおむね一致することが明らかになった.この断層は,Sawai et al. (2012 GRL)による貞観津波の推定破壊領域と同じものである.すなわち,享徳地震の破壊領域と貞観地震のそれの一部は重複している可能性が高い.従って,日本海溝中部における巨大地震は1000年に1回ではなく,より短い再来間隔で発生してきたと考えられる.
2011年の津波で見られたように,砂質の津波堆積物は必ずしも浸水範囲と一致せず,砂質堆積物の分布限界から1 km以上内陸まで海水が浸水することがある(Goto et al., 2011 Mar Geol).また,今後,日本海溝北部および南部の沿岸において享徳地震に相当する地質学的な証拠が見つかった場合,その破壊領域は現在の推定より大きくなる可能性がある.これらの点から,本研究で示した享徳地震の規模は,あくまで津波堆積物の分布を説明するために必要な最小値に過ぎないことを強調したい.
山梨市の普賢寺で書き綴られた(磯貝・服部1976 影印甲斐戦国史料叢書)王代記によれば,1454年に奥州で大きな地震と津波が発生している. 一方,宮城?茨城県沿岸の津波堆積物研究をまとめたSawai et al. (2012 GRL)は,室町時代くらいの時期に津波堆積物(砂層K)を報告し,これを1454年享徳地震による痕跡と推定した.最近こうした報告が見直され,行谷・矢田(2014 地震)は王代記の信頼性などから1454年に東北地方太平洋沿岸に大きな津波が襲来したことはほぼ間違いないと述べている.
以上のような背景の中,演者らは仙台平野の北部において大型ジオスライサーによる掘削調査を行った.掘削の結果,915年十和田a火山灰の上位に泥炭層が確認され,この泥炭層中には薄い砂層(砂層A)が認められた.砂層Aの上位と下位の地層から植物化石(種など具体的に)を拾い出し放射性炭素年代測定を行ったところ,砂層Aの堆積年代は1429?1526年(1 sigma range)(1406?1615 年;2 sigma range)という値を示した.砂層A中の珪藻化石を観察した結果,その群集は砂層Aが海からの遡上流により堆積したことを示していた.また,海岸線の前進を考慮しても,砂層Aは当時の海岸線から1 km程度まで分布していると推定された.以上の根拠から,本研究での砂層Aを津波堆積物と推定し,その起源を享徳地震とした.
本研究と先行研究によって示された津波堆積物の分布を,数値シミュレーションによって再現しようとした.ここでは,Sawai et al. (2012 GRL)を参考にして,5つのケースを想定した.その結果,日本海溝中部(仙台湾沖)において, 長さ200 km,幅100 km の断層(Mw8.4)をすべらせた場合に,津波の浸水範囲と砂質堆積物の分布がおおむね一致することが明らかになった.この断層は,Sawai et al. (2012 GRL)による貞観津波の推定破壊領域と同じものである.すなわち,享徳地震の破壊領域と貞観地震のそれの一部は重複している可能性が高い.従って,日本海溝中部における巨大地震は1000年に1回ではなく,より短い再来間隔で発生してきたと考えられる.
2011年の津波で見られたように,砂質の津波堆積物は必ずしも浸水範囲と一致せず,砂質堆積物の分布限界から1 km以上内陸まで海水が浸水することがある(Goto et al., 2011 Mar Geol).また,今後,日本海溝北部および南部の沿岸において享徳地震に相当する地質学的な証拠が見つかった場合,その破壊領域は現在の推定より大きくなる可能性がある.これらの点から,本研究で示した享徳地震の規模は,あくまで津波堆積物の分布を説明するために必要な最小値に過ぎないことを強調したい.